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「無意味だったわけだな」
「そうでもないのだよ」
老人――賢竜ポルックスが手招きする。
「少女よ、きたまえ」
「えっと」
ベオウルフが俺の顔を見る。
「危険を感じたら迷わず斬れ」
「あ、はい」
「おやおや、信用されていないね」
ベオウルフは慎重にポルックスのところへと行く。
「えっと、ボクのタルトに必要なものを教えてください」
「もちろんだとも。耳を貸したまえ」
ポルックスはベオウルフの耳元でなにかをささやく。
こちらには聞こえない。
俺はベオウルフの表情を観察する。
しばらくは変化のなかった彼女の表情が変わった。
恥ずかしそうに顔を赤らめてうつむく。
「本当にそれが必要なんですか?」
「信じたまえ。私は賢竜と呼ばれているもの。すべてを熟知しているのだよ」
「もしかして、最後の試練もそのために?」
「ご名答。かしこい少女だ」
「わ、わかりました。ありがとうございます」
ベオウルフが小走りでこちらに戻ってくる。
「教えてもらったのか?」
「はい。家に帰ったらもう一度作ってみます」
「結局、なにが必要だったんだ?」
俺が質問するとベオウルフは再び頬を赤らめる。
そして目をそらしながら答えた。
「ひ、秘密です」
「えっ!? なんでだ!?」
「とにかく、秘密なんです。ここまで付き合っていただきながらもうしわけありませんが……」
「『稀代の魔術師』の後継者よ。乙女心をわかってあげたまえ」
ポルックスにまで言われてしまった。
乙女心が関係あるのか……?
「必要な材料、このあと買いにいくか?」
「い、いえ、お店に売ってるものではないので……」
もじもじするベオウルフ。
「ボ、ボクひとりでなんとかなりますので。アッシュお兄さん、今日はありがとうございました」
腑に落ちないままこの件は終わったのであった。
後日。
ベオウルフがプリシラに会いに『シア荘』に遊びにきた。
「聞いてください、アッシュさま。ベオ、ついにお師匠さまにイチゴのタルトを認めてもらえたんですよ」
よかった。今度こそ彼女のタルトは完成したんだ。
結局、なにが必要だったのかは俺は知れなかったが。
「これもアッシュお兄さんのおかげです」
「さすがはアッシュさまですっ。なんでも解決できちゃうんですねっ」
「まあ、ははは……」
俺自身、よくわからなかったで笑ってごまかした。
ベオウルフが俺の前に立つ。
「それで、アッシュお兄さんにお礼をしようと思いまして」
「お礼なんていらないさ。俺とベオウルフの仲だろ?」
「というか、ボクがプレゼントしたいんですっ」




