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廊下のつきあたりにたどり着いた次の瞬間、魔法の効果が切れて刃の振り子が動きだした。
間一髪だった。
俺は額の冷や汗をぬぐった。
まさしく命がけだ。
あの押し売りの老人がどうしてベオウルフのタルトに足りないものを知っていて、しかもそれを持っているのかは謎だが、ここまで命を張ったのだから、それ相応のものを出してもらわないと困る。
「この先にあの老人はいるのでしょうか」
「どうだろうな……」
廊下のつきあたりには扉。
なんとなくだが、この先にもまだ俺たちを楽しませるための仕掛けがありそうだ。
おそるおそる扉を開ける。
扉の先は広間だった。
パーティーを催すのにうってつけの、天井の高い広間だ。
広間に家具や調度品いったものがなく、がらんとしていた。
広間が殺風景な理由は最初から分かっている。
ここが戦いの場だからだ。
広間の先の扉を守るように魔物が立ちはだかっている。
赤いたてがみをはやしたオオカミ。
獅子よりもふたまわりは大きな怪物だ。
オオカミ型の魔物はうなり声を上げて俺たちを威嚇している。
俺は長剣を召喚し、ベオウルフは右手と左手にそれぞれ短剣を持つ。
そのとき、俺の足元に突如として魔法円が浮かび上がり、その輪郭が立体化して円柱の壁となった。
俺は魔法円の檻に封じ込められてしまった。
「アッシュお兄さん!」
「くっ」
壁を叩くがびくともしない。
魔法で破壊しようにも、この狭い壁の内側で高威力の魔法を放ったら自滅の危険がある。
そもそも、これはあの老人が暗にこう言っているのだろう――ベオウルフ一人で戦え、と。
「ベオウルフ。一人でやれるか?」
「はい。たやすいです」
頼もしいことを言ってくれる。
ベオウルフは感情を殺した『殺し』の表情になり、魔物と向き合う。
あまり見せてほしくない表情だ。
魔物がベオウルフにとびかかる。
彼女はそれをひらりとかわす。
オオカミ型の魔物は獲物を食いちぎろうと幾度も攻撃を仕掛けるが、ベオウルフはそれを難なく回避していった。
そしてとうとう魔物が疲労で動きを止めた瞬間、ベオウルフは姿勢を低くして疾駆し、瞬時にして魔物に詰め寄り、喉に短剣を突き刺した。
魔物が甲高い悲鳴を上げる。
短剣が引き抜かれると激しい出血を伴いながら倒れた。
絶命したオオカミ型の魔物はしばらくすると、砂が風に吹かれて散るように霧散した。
どうやら魔法で生み出された偽の魔物だったらしい。
ベオウルフが短剣を鞘にしまう。
そして俺のほうを振り向いたときにはいつもの彼女に戻っていた。
俺を封じ込めていた魔法円が消える。




