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その先にも残虐な罠は待ち受けていた。
今度は天井から釣られた錨型の刃が振り子のように左右に揺れていた。
先ほどのギロチンと同様、見計らうのを誤ると悲惨なことになる。
あの老人、心底悪趣味な人間だ。
「ベオウルフ。戻ろう。命を懸けるほどじゃないだろ」
「いいえ。命を懸けるほどです」
ベオウルフがそう言い張る。
真剣な表情。
「お願いします。アッシュお兄さん。ボクのわがままに付き合ってください」
「……わかった」
剣を握ったときのベオウルフは怖いほど無表情になる。
敵を殺すのに、命を奪うことに一瞬もためらわない。
そんな彼女が真剣になれるものがお菓子作り。
俺は彼女に冷酷な剣士よりも、お菓子作りに夢中な女の子になってもらいたい。
だから俺は首を縦に振ったのだった。
とはいうものの、この罠をどうやってかいくぐるものか。
見た限り、行く手を阻む刃の振り子は5個。
先ほどのギロチンよりも狭い間隔で設置されており、一気に駆け抜けないといけないようになっている。
だが、振り子はそれぞれ時間差で揺れており、通り抜けるのが不可能に見える。
「ほんのわずかですが、すべての振り子が道を開ける周期がありますね」
「俺には無理だぞ。そんな周期を見計らうなんて」
「ボクならできるんですけど」
年下の女の子に対して弱気な発言だが、失敗すれば即死なのだから仕方がない。
「あっ」
ベオウルフがぽんと手を合わせる。
「アッシュお兄さんの魔法で振り子を止められませんか?」
「物体の動きを停止させる魔法だな」
できる。
とは即座に答えられなかった。
物体を停止させる魔法は時間操作の魔法に属する。
高度な呪文で、魔書『オーレオール』の力を借りても成功させる自信はない。
たぶん、スセリならたやすくできるんだろうな。
「ほんのわずかな時間しか停止させられないぞ」
「えーっと、アッシュお兄さんってかけっこは得意ですか?」
「……普通だな」
「では、全力疾走で駆け抜けてください」
やるしかない。
俺は精神を集中させる。
魔書『オーレオール』から流れ込んでくる魔力を操り、自分のものにする。
「振り子がすべて振れる隙はボクが見つけます。ボクが合図したら魔法を発動させてください」
左右に振れる刃の振り子を凝視するベオウルフ。
俺はいつでも魔法が発動できるよう、精神の集中を続ける。
振り子はそれぞれ微妙に違った速さで左右に揺れる。
じれったい時間が続く。
しばらく沈黙が続いた次の瞬間、ベオウルフが叫んだ。
「今です!」
「時よ止まれ!」
魔法を発動させた。
左右に揺れていた5個の振り子がぴたりと停まる。
振り子はすべて左と右に振れていて、一直線に道が開いている。
俺とベオウルフは全速力でその道を駆け抜けた。




