88-3
しめた、と老人は笑みを浮かべる。
この老人、どこかで会ったことがあるような……。
「ボク、どうしてもおいしいタルトを作りたいんです。足りないものを売ってください」
「取引成立ですな」
老人はカバンをあさると、中から一枚の紙きれを出した。
受け取ると、そこには王都のとある住所が記載されていた。
「私の屋敷の場所だ。ここで渡そう」
「え、今じゃないんですか?」
「うむ。望むものを手にするには試練が必要だ」
試練?
先ほどからこの押し売りの老人は意味のわからないことばかり口にする。
「では我が屋敷で待っている。若者たちよ」
老人がそのまま家を出ようとしたので、俺は慌てて引き留める。
「あの、おいくらなんですか? ベオウルフのタルトに必要なものって」
「勇気」
老人はそう一言。
ぽかんとする俺たち。
「試練に打ち勝つ勇敢な姿を見せてもらえれば、それで結構」
老人が去ったあと、俺とベオウルフは呆然としていた。
なにがなんだかわからない。
しばらくすると、ベオウルフは両手のこぶしを強く握って言った。
「ボク、試練に打ち勝ちます」
「まさか本当に行く気なのか? どう考えても怪しいぞ」
「ボクはタルトを完成させたいんです」
「今のままでもじゅうぶんおいしいと思うんだがな……」
「いえ、あの師匠が認めないのなら、ボクのタルトには不足しているものが確かにあるんです。それを見つけなきゃ」
ベオウルフの決意は固い。
止めることはできないようだ。
なら、彼女の意志を尊重すべきだと俺は思った。
「わかった。俺もついていくよ」
「いいんですか?」
「ああ。二人でその試練とやらを乗り越えて、ベオウルフのタルトに必要なものを手に入れよう」
「はいっ」
ベオウルフが笑顔になった。
彼女のふだんのクールな表情もかっこいいが、やはり年齢相応の笑顔が一番似合っている。
タルトを完成させたらきっと、彼女はまたこの笑顔を見せてくれるだろう。
紙に書かれていた指定の日時、俺とベオウルフは老人の屋敷へと赴いた。
屋敷は裕福な貴族階級が住む上流階級区にあった。
どの屋敷も大きく立派で、たっぷりと庭が広がっている。
「あのおじいさん、もしかしてお金持ちなのでしょうか」
「押し売りじゃないのは確かだな」
金持ちの道楽に俺たちは巻き込まれたのかもしれない。
老人の屋敷の前にたどり着く。
それは他の屋敷よりもひときわ大きかった。
門の前に立つと、門が自然に開いた。
「入ってもいいのでしょうか」
「開いたということは、入れということなんだろうな」
俺とベオウルフはおそるおそる敷地に足を踏み入れた。




