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部屋に甘い香りが漂ってくる。
プリシラとベオウルフがタルトを焼きはじめたのだ。
イチゴのタルトの完成は近い。
「できましたーっ」
それからしばらく経過して、プリシラとベオウルフが部屋に現れた。
テーブルの真ん中にイチゴのタルトが置かれる。
「おお……」
「これはすごいですわ……」
俺もマリアもスセリも思わずうなった。
円形の大きなタルトの上にクリームが敷かれ、その上にイチゴとブルーベリーが上手に飾り付けられている。ミントの葉も載っていて、美しい色どりだ。
イチゴはゼラチンを塗られて光り輝いてまるで宝石。
「ど、どうでしょうか……」
おずおずと感想を尋ねてくるベオウルフ。
「すばらしいですわ!」
「まるで芸術品だ」
「そ、それは過言かと……」
照れくさそうにはにかんだ。
決して過言ではない。
プリシラの助けがあったとはいえ、料理の素人がパティシエ顔負けのタルトはそうそう作れない。
「とはいえ、肝心なのは味じゃな」
「わたしが切り分けますね」
「この芸術品を崩してしまうのは忍びないですわね」
切り分けられたタルトが各々の小皿に。
みんな同時にタルトを一口かじった。
おいしい。
タルトのほどよい歯ごたえのする食感、クリームの甘さとイチゴとブルーベリーのすっぱさが見事に調和して、一つの作品として完成されている。
なんて上品なタルトなんだ。
「すばらしいですわ!」
「同じことを二度も言うでない」
マリアがそう言うのも無理はない。
このタルトを一言で表すのに『すばらしい』以外の言葉があるだろうか。
「おいしいよ、ベオ」
「よ、よかった……」
「ふむ、しかし、実用性はどうじゃな?」
「実用性?」
スセリの質問に首をかしげるベオウルフ。
「ベオウルフは人里離れた山奥で暮らしておるのじゃろう? そこでも作れるのか?」
「あ、それは問題ありません」
ベオウルフによると、材料は山を下りて王都で買えるものをそろえているし、師匠と暮らしている小屋でも調理できる器具使っているという。
「師匠もよろこぶだろうなあ」
これでベオウルフの生活が文化的になった――かと思いきや。
数日後、ベオウルフが真剣な顔をして『シア荘』を訪ねてきた。
「アッシュお兄さん。ボクに力を貸してくれませんか?」
「い、いきなりどうした……?」
彼女は俺にずいっと顔を近づけてそう言ってきたのだ。
「ボク、あの後、家でもタルトを作ったんです」
「師匠、驚いただろ?」
「それが……」
ベオウルフは顔を曇らせる。
「『まだまだ未熟だな』と言われてしまいました」




