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顔を上げると、スセリが不敵な笑みを浮かべていた。
うかつだった。
スセリが盤外戦術を仕掛けてくるのは予想できたのに。
「ア、アッシュ! あなた追いつめられていますわよ!」
マリアが肩を揺すってくる。
俺の軍は完全に包囲されている。
少しでも動けば即座にスセリの軍の餌食となるだろう。
「アッシュもマリアも『シャトラ』の腕前は悪くない。じゃが、悪くないだけなのじゃ」
「話術で気をそらすなんて卑怯ですわよ」
「敵兵に矛先を向けられている状態で『卑怯』とわめいても無意味なのじゃ」
「ぐぬぬ……」
状況は圧倒的に俺の劣勢。
むしろ限りなく詰みに近い。
だが、俺だって仲の悪い兄たちを負かすために『シャトラ』の腕は鍛えてきた。
打開してみせる。
俺は果敢にコマを動かした。
「なんじゃ、二人そろって往生際が悪いのう」
やれやれ、と肩をすくめるスセリ。
彼女もコマを動かす。
本気になれば即座にチェックメイトできるにもかかわらず、あえて手加減している。
活路を見出すとすればそこだ。
「スセリ。この際だから言っておくが、俺は別にお前のことは好きじゃない」
「恥ずかしがらんでもよいのじゃ」
「本当だ。仲間だとは思っているが、結婚するつもりはまったくない」
俺がいたって冷静な口調でそう言うと、スセリの余裕の笑みがわずかに崩れた。
「い、いや、おぬしはワシを好いておるのじゃ。自覚しておらんのか?」
「そもそもスセリは俺のご先祖さまだ。俺の好意の有無にかかわらず結婚はできない」
「さ、些細なことじゃろ……」
うろたえるスセリ。
俺はそこに畳みかける。
「スセリは若返ったんだから、第二の人生を早く歩むべきだ。俺以外の人とな」
「の、のじゃあ……」
涙ぐむ。
良心が痛まないわけではないが、非情に徹しなければこの戦いは勝てない。
目論みどおり、精神的打撃を受けて狼狽したスセリの軍はあからさまに統制を失い、でたらめな動きになった。
こうなると突破するのはたやすく、俺は精鋭たちを終結させて一斉に自軍を前進させ、スセリの軍の包囲を破った。
そしてその勢いのまま彼女の陣営に突撃し、王の首に剣の刃を当てたのであった。
「チェックメイト。俺の勝ちだ」
「ひ、卑劣な男め。純情な乙女心につけ入るとは……」
「自分で純情って言うな。先に仕掛けてきたのはスセリだぞ」
「やりましたわね、アッシュ。さすがわたくしの将来の夫ですわ」
マリアが俺に抱きついてきて、やわらかく豊満な胸が二の腕に押し付けられた。
スセリはしょぼんとうなだれている。
負けたから……ではないな。
「こうなっては精神干渉の禁呪を使って洗脳するしかあるまい……」
野蛮なことをつぶやいていた。




