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「ど、どうしましょうか……」
困ったようすのディアが俺を見てくる。
プリシラも俺の判断を待っている。
「さあ、おなかが減ったでしょう? 奥に食堂があるからごはんを食べていってちょうだい。旦那のことも紹介するわ」
受付のカウンターから出てきたクラリッサさんは俺の背中を押して、半ば強引に店の奥へと連れていった。
長い廊下を進んだ先には食堂があった。
テーブルが三つある、小さな食堂だ。
「なんだ、客か。珍しい」
隣の厨房から背の高い男性がのっそりと現れた。
獲物を狩るタカのような、あるいは獣の王者の獅子のような、どう猛な顔つきをしている。
ギロリ。
鋭い目つきで俺たちを見下ろす。
「ひえっ!」
その目に射られたプリシラが俺の背中に隠れる。
「ちょっとヴィットリオ。お客さんたち怖がってるわよ」
「なに?」
「はわわわわ……」
俺の背中に隠れるプリシラはあわわと震えていた。
隣のディアも緊張した面持ちでこわばっている。
クラリッサさんは男性の横に並び、気安く背中に手を触れながら彼の紹介をした。
「旦那のヴィットリオよ。『夏のクジラ亭』の店主だけど、もっぱら厨房で料理を作ってるわ」
「ヴィットリオだ。よろしく」
低い声でヴィットリオさんはそうあいさつした。
俺たちの前に並ぶヴィットリオさんとクラリッサさん夫婦。
ヴィットリオさんはクラリッサさんより頭三つ分ほど背が高い。
クラリッサさんもすらりと背が高いが、ヴィットリオさんはそれ以上の高身長だ。
しかもかなりの筋肉質。
威圧感がすごい……。
ギロリ。
ヴィットリオさんが頭上からにらんでくる。
「ひえっ!」
プリシラがぴんと獣耳を立て、俺の服を強く握った。
クラリッサさんがヴィットリオさんの背中を叩く。
「ヴィットリオってば。その目つき」
「……すまん」
ヴィットリオさんは頭をかいた。
クラリッサさんは俺たちに苦笑いを向ける。
「ウチの旦那、愛想なんてこれっぽっちもないけど、悪い人じゃないのよ。どうか怖がらないであげてね」
だから厨房にこもっていて、クラリッサさんが表に出ているんだな。
クラリッサんさんは先ほど俺が話した内容をヴィットリオさんにも話した。
「家から追放されたか……。苦労しているんだな」
「そういうわけだからヴィットリオ。この子たちにごはんをつくってあげて」
「わかった」
うなずいたヴィットリオさんは厨房へと戻っていった。
と思いきや、すぐに戻ってくる。
「嫌いな食べ物はあるか」
「い、いえ……」
「ありませーんっ!」
「わ、わたくしはカボチャが少々……」
おそるおそるディアが言う。
「カボチャが苦手か。わかった」
ヴィットリオさんはそうつぶやきながら俺たちの背を向けて、再び厨房へ戻った。
「や、やさしい人なのでしょうか……」
「人は見た目じゃないからな……」
「で、でも怖いですーっ」
「平気よ。取って食べたりしないわ」
とそこまで言ってからクラリッサさんは「たぶんねっ」とまたウィンクした。
「た、『たぶん』ですかーっ!?」
「ウソウソ。冗談よ。旦那の料理の腕前は表通りのシェフにも負けないから、楽しみにしててね。じゃあね」
そう言ってクラリッサさんはひらひら手を振りながらロビーのほうへ戻っていった。
美人で笑顔がステキで、おまけにお茶目な人だな。クラリッサさん。
あの無骨なヴィットリオさんとどうやって知り合ったのだろう……。
まるで正反対の二人の馴れ初めが気になって仕方がなかった。




