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冒険者ギルドはその後、宿屋『ブーゲンビリア』に今回のうわさで被ったであろう金額を弁償し、さらには幽霊騒動はもう解決したと新聞に掲載したのであった。
宿を経営しているフレデリカの両親は善良な市民であったので、それで快くギルドを許してくれた。
数日もすればすぐにまた宿は繁盛しだしたのであった。
「それにしてもあの恋人、幽霊になってもずっといっしょだったんですねー」
「うらやましいな」
「なに言ってるんですかー」
フレデリカがなぜかふくれっ面になる。
「アッシュさん、うらやましがるまでもなく、よりどりみどりじゃないですかー。プリシラやマリアさんにスセリに、それに私の四人も」
「そういう意味じゃない」
永遠に愛し合える相手がいるのがうらやましかっただけだ。
それは別に恋人に限る必要はない。
家族愛や友情でだってそれほどのきずなは結べるはず。
ただ、プリシラもマリアも、そして一応スセリも、俺を永久に慕ってくれる気はした。
決してうぬぼれではない。
彼女たちを信じているからだ。
「ま、いいやー。それはともかくアッシュさん。私の焼いたアップルパイ、どうですかー?」
「ああ。おいしい」
しかし、フレデリカは不満げな表情をしている。
俺に対する憤りと不満と呆れがその顔から見て取れる。
おかしい。今の言葉がほめ言葉以外に受け取られるはずがない。
「手間暇かけて焼いたパイをたった一言で済ますなんて失礼だと思いません?」
「す、すまん……」
とはいうものの、俺は料理の評論家ではない。
なんとほめれば彼女は満足してくれるのだろう。
「『なんておいしいアップルパイなんだ! 愛しいフレデリカよ。俺と結婚して毎日俺のためにパイを焼いてくれ!』くらい言えないんですかー?」
な、なんだそれは……。
そんな芝居めいたセリフとてもじゃないが恥ずかしくて口にできない。
「まあ、こんなおいしいアップルパイを焼いてくれる子と結婚できるならしあわせかもな」
「なっ!?」
フレデリカが目をまんまるにする。
ほっぺたは赤らんでいる。
目をそらしながら彼女はこう言った。
「ア、アッシュさん……、そういうところですよ。アッシュさんの悪いくせ……。すぐに女の子をその気にさせるんですから。ホントに無責任です……。私の恋心を受け止めてくれないくせに……」
でも、と彼女は続ける。
「作ってあげちゃってもいいですよ。毎日とはいきませんけど、アッシュさんのためにアップルパイ」
その日以降、ときたまフレデリカは俺のためにアップルパイを焼いてくれた。
王都お菓子作り大会で優勝しただけあって、彼女のアップルパイは王族専属のパティシエがつくるそれに匹敵すると言っても過言ではない出来で、本当にしあわせな気持ちになれた。
「今は通い妻で妥協してあげますよー」
フレデリカが不敵笑う。
「今は、ですがねー」




