表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

603/842

86-7

 冒険者ギルドはその後、宿屋『ブーゲンビリア』に今回のうわさで被ったであろう金額を弁償し、さらには幽霊騒動はもう解決したと新聞に掲載したのであった。

 宿を経営しているフレデリカの両親は善良な市民であったので、それで快くギルドを許してくれた。

 数日もすればすぐにまた宿は繁盛しだしたのであった。


「それにしてもあの恋人、幽霊になってもずっといっしょだったんですねー」

「うらやましいな」

「なに言ってるんですかー」


 フレデリカがなぜかふくれっ面になる。


「アッシュさん、うらやましがるまでもなく、よりどりみどりじゃないですかー。プリシラやマリアさんにスセリに、それに私の四人も」

「そういう意味じゃない」


 永遠に愛し合える相手がいるのがうらやましかっただけだ。

 それは別に恋人に限る必要はない。

 家族愛や友情でだってそれほどのきずなは結べるはず。


 ただ、プリシラもマリアも、そして一応スセリも、俺を永久に慕ってくれる気はした。

 決してうぬぼれではない。

 彼女たちを信じているからだ。


「ま、いいやー。それはともかくアッシュさん。私の焼いたアップルパイ、どうですかー?」

「ああ。おいしい」


 しかし、フレデリカは不満げな表情をしている。

 俺に対する憤りと不満と呆れがその顔から見て取れる。

 おかしい。今の言葉がほめ言葉以外に受け取られるはずがない。


「手間暇かけて焼いたパイをたった一言で済ますなんて失礼だと思いません?」

「す、すまん……」


 とはいうものの、俺は料理の評論家ではない。

 なんとほめれば彼女は満足してくれるのだろう。


「『なんておいしいアップルパイなんだ! 愛しいフレデリカよ。俺と結婚して毎日俺のためにパイを焼いてくれ!』くらい言えないんですかー?」


 な、なんだそれは……。

 そんな芝居めいたセリフとてもじゃないが恥ずかしくて口にできない。


「まあ、こんなおいしいアップルパイを焼いてくれる子と結婚できるならしあわせかもな」

「なっ!?」


 フレデリカが目をまんまるにする。

 ほっぺたは赤らんでいる。

 目をそらしながら彼女はこう言った。


「ア、アッシュさん……、そういうところですよ。アッシュさんの悪いくせ……。すぐに女の子をその気にさせるんですから。ホントに無責任です……。私の恋心を受け止めてくれないくせに……」


 でも、と彼女は続ける。


「作ってあげちゃってもいいですよ。毎日とはいきませんけど、アッシュさんのためにアップルパイ」


 その日以降、ときたまフレデリカは俺のためにアップルパイを焼いてくれた。

 王都お菓子作り大会で優勝しただけあって、彼女のアップルパイは王族専属のパティシエがつくるそれに匹敵すると言っても過言ではない出来で、本当にしあわせな気持ちになれた。


「今は通い妻で妥協してあげますよー」


 フレデリカが不敵笑う。


「今は、ですがねー」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ