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路地裏で見つけたその宿屋には『夏のクジラ亭』という古びた看板が掲げられていた。
外見は表通りの華やかな店たちと比べて見劣りしている。
けど、値段も相応だろう。
俺たち冒険者にとってはちょうどいい。
「かわいい名前ですねっ。夏のクジラっ」
プリシラがそう言った。
入口の扉を開けて中に入る。
ロビーはしんと静まり返っている。
受付に立っている妙齢の女性が唯一の人だった。
俺たちが入ってきたのに気付くと、女性はこちらを向いた。
「いらっしゃいませ。『夏のクジラ亭』へようこそ」
そして俺たちににっこりと笑顔を向けてきた。
その笑顔は、この『夏のクジラ亭』の印象を一瞬にして良いものにして、この宿を選んで正解だっと確信させた。
笑顔のステキな、きれいな女性だ……。
俺たちは受付の前に立つ。
「あの、三人分の部屋は空いてるでしょうか」
「いっぱい空いてるわよ。ふふっ」
にこにこ笑顔で受付の女性は答えながら、分厚い台帳を俺たちの前に差し出した。
「それじゃあ、ここに宿泊する人の名前を書いてちょうだい」
アッシュ。
プリシラ。
ディア。
スセリは……いらないな。
三人の名前を俺が代表して書いた。
「ご予約ありがとう。はい。これはカギね」
受付の女性が三部屋分のカギを渡してきた。
「それにしても、ふしぎなお客さんね。あなたたち」
「えっ?」
意外なことを言われて俺は首をかしげる。
「高そうな服を着た男の子と女の子に、メイド服を着た女の子……。背中には荷物が詰まったリュック……。家出でもしてきたの? あなたたち」
そうか。他人には俺たちは貴族の子供とそのメイドに見えるのか。
「いえ、俺たちは冒険者です」
「ぼ、冒険者だったの!?」
受付の女性は驚いたようすだった。
確かに、冒険者には見えないよな……。
自分が元貴族で、メイドのプリシラと共に家から追放されて冒険者をやっていることを俺はかんたんに話した。
「家から追い出されるなんて……。スピカからアークトゥルスまで来るなんて大変だったでしょう」
すると受付の女性はなにかひらめいたらしく、「そうだわっ」と、ぽんっと両手を合わせた。
そして再び笑顔を向けてくる。
「あなたたちの宿代はタダにしてあげる。好きなだけ泊まっていっていいわよ」
「ええっ!?」
「ふえっ!?」
「そ、それはさすがに……」
とんでもないことを言われて俺のプリシラもディアも目を丸くした。
「『夏のクジラ亭』は困っている人からお金はとらない主義なの。まあ、そのせいでこんなオンボロなんだけどね」
「あ、あの……。宿代くらいは持っていますので、お気持ちだけ受け取っておきます」
「いえ、もう決めたわ」
受付の女性は胸に手を当てる。
「私は『夏のクジラ亭』店主の女房、クラリッサ。旦那に代わって店を切り盛りしている私が言うんだから、遠慮なく泊まっていってちょうだい」
クラリッサさんは片目をつむって俺たちにウインクをくれた。




