86-3
「こ、こわかったー」
幽霊がいなくなったとわかるや、へたり込むフレデリカ。
全身から力が抜けている。
俺の心臓もどくどくと早鐘を打っていた。
まさか本当に幽霊が出るだなんて。
人間に害をなす凶暴な魔物とは幾度も戦ってきたが、やはり怖いものは怖い。
まだ手が震えている。
震えていた手がどうにか止まると、俺はその手をフレデリカに差し伸べた。
俺の手を取って立ち上がる。
「これじゃあお客さんも逃げちゃいますよー」
まだ怖いのか、フレデリカは俺の手を離さない。
「こんなのが出る宿で働きたくないですよー。アッシュさーん、幽霊をやっつけてくださいー」
幽霊を倒す……。できるのだろうか。
魔物ならともかく、すでに死んでいる幽霊を倒せるのか。
除霊となると冒険者ではなく教会の仕事になりそうだ。
そういうわけで冒険者ギルド経由で協会に除霊を依頼した。
協会の除霊師たちによって除霊の儀式が行われた。
ところがその効果はなく、依然として夜になるたび幽霊が出現し、「返せ」と恨みの声を叫ぶのであった。
宿屋『ブーゲンビリア』の客足は目に見えて減り、フレデリカの一家は危機に瀕していた。
俺は再びフレデリカにこの問題の解決を依頼されていた。
このままではおこづかいを減らされると泣きつかれたので、受けないわけにはいかなかった。
「そもそも、どうして幽霊が現れだしたんだ?」
「それはこっちが聞きたいですよ」
「今まではこんなことなかったんだろ?」
「なかったです」
きっとあるはずだ。
幽霊が現れたきっかけが。
「どんな小さなことでも、無関係そうなことでもいい。最近変わったことがあったら言ってみてくれ」
「うーん、外国語の試験で赤点を取りました」
「そ、それは本当に無関係そうだな……」
「それに私が赤点を取るのは変わったことではなくいつものことでしたー」
悲しいことを言うな……。
「あー、それと、アンティークショップでお買い物しました」
フレデリカがアンティークショップで買ったものは幽霊が出た食堂に飾ってあった。
美しい乙女の彫像。
作られてからだいぶ年月が経っているのが見た目でわかる。
この彫像、幽霊と関係あるかもしれない。
俺は彫像を『シア荘』に持ち帰った。
そしてリビングの中央に位置するテーブルに置き、夜を待った。
彫像の前に腰を下ろして、じっとする。
棚にはすべてカギをかけておいたから飛び出す心配はない。
いつ幽霊が出てきても大丈夫だ。
「お茶を淹れました」
プリシラが紅茶を持ってきてくれた。
ちなみに、マリアとスセリも俺の隣にいる。
「まったく、不気味なものを持ってきおって」
ぶつくさ文句を言うスセリ。




