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「あの村が私の大切なものですって?」
きょとんとするターナ。
それから心底おかしそうに笑う。
「たしかに大切かもしれないわね。大事な『人質』として」
「人質ですって!?」
「どういうことですかっ!」
「わからないかしら。私がどれだけ悪事をしてもかばってもらえるように親切にして恩を売ったのよ」
ターナの目論見は成功していた。
ホワイトフェザーの村人たちは彼女をつかまえにきた俺たちを妨害してきた。
しかし、彼女の言葉は真実なのだろうか。
「私はグレイス王家を許していないし恨んでいるわ。依然としてね」
ターナの要求はグレイス王家の正式な謝罪。
そして過去の弾圧を公表すること。
だが、その要求はのめない。
王都を発つ前、ギルド長のキルステンさんから言われたのだ。王国は決して過去を認めないから、謝罪の要求は絶対に受け入れるな、と。
「過去の過ちを認めないのなら、機械人形の暴走は止めないわ」
困ったな……。
少しも折り合いがつけられない。
弱り果てていたとき、俺は思いがけぬ違和感をおぼえた。
秘書の機械人形がコーヒーのおかわりをカップに注いできた。
ターナはカップを持って口に含む。
そのなんの変哲もない動作にどうしてか違和感をおぼえたのだ。
そしてその違和感の正体に気付き、俺は驚いた。
もしかして、まさか……。
俺の推測は突拍子もないが、同時に納得のいくものでもあった。
「スセリ」
「なんじゃ」
「不老不死は実現できたのか?」
「その実現者が目の前に二人もおるじゃろ」
「いや、スセリの不老不死は完全なものじゃない」
「不老不死の定義なんぞここで決めんでもよかろう」
「そうする必要があるんだ」
スセリは正確には不老でも不死でもない。
老いた身体を捨てて若い肉体に魂を移す、疑似的な不老不死だ。
セヴリーヌもそうだ。肉体と精神の時間を止めているだけで、老いを防いでいるわけではない。
天才的な魔術師たちでも完全な不老不死は成し遂げられていないのだ。
では、『冬の魔女』ターナはどうだ。
彼女は正真正銘の不老不死になったのだろうか。
俺はそうではないと思った。
だから俺はこう言った。
「ターナ。淹れたてのコーヒーをよく飲めるな」
「ブラック派なの」
「そうじゃない。プリシラ、自分のコーヒーを飲んでみてくれ」
「わ、わかりました」
俺の意図がわからず、不思議そうにカップを口につけるプリシラ。
次の瞬間、プリシラは「あつっ」と舌を出した。
そう、熱いのだ。
コーヒーはまだ飲めないくらいに熱いのだ。
にもかかわらず、ターナは一口で飲み干した。




