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「さてと」
飲み終えた缶をゴミ箱に捨てる。
「ターナのところへ行こうかの」
夜だというのに人という人で溢れかえる旧人類の街。
この中からターナをさがすのは――意外となんとかなりそうだった。
これだけ人がいるというのに、魔力は一人分だけしか感じられないのだ。
「昔の人は本当に魔法が使えなかったのですわね」
「うむ。魔法の素質を持つ者が極めて少なかったのと、魔法の存在そのものが秘匿されておったのじゃ」
「どうしてです?」
「この街並みを見てみるのじゃ」
自動車と呼ばれる鉄の馬車。
自動販売機。
夜の闇すら拭う電気の明かり。
「これだけ科学で繁栄した街に、魔法というものが突如現れたらどうなる?」
「もっと栄えると思いますっ」
「プリシラは純粋じゃのう」
残念だが、そうはならないだろう。
訪れるのはおそらく混乱。
スセリが以前言っていた。旧人類は新たに発見された魔法という存在をめぐって争い、滅んだと。
魔法がもたらしたのは繁栄ではなく滅亡だったのだ。
「そうだったんですね……」
「これだけ栄えた人類に、魔法はもはや不要なのじゃ」
「なんだか悲しいですね。便利なものが現れて、世界がよくなるのではなくて悪くなるだなんて」
「往々にしてそういうものなのじゃ。人類というものは」
とにかく、この周辺で魔力を感じられるのは一か所のみ。
無数に建つビルと呼ばれる塔のひとつからだ。
俺たちはそのビル目指して歩いた。
「ターナコーポレーションへようこそ」
ビルに入ると、エントランスの受付に立っていた女性が笑顔で出迎えてくれた。
「本日はどういったご用件でしょうか」
「ターナに会いにきたのじゃ」
「社長ですね。お話はうかがっております。スセリさまでよろしいですね」
「アッシュさま。『社長』ってなんでしょう?」
「偉い人、だと思う」
俺たちは女性にターナの居場所まで案内された。
昇降機に乗って最上階へ。
そして細い通路を歩き、ターナのいる部屋の前までやってくると、女性は戻っていった。
この扉の向こうに『冬の魔女』ターナがいる。
武器を用意しておくべきか。
「ターナよ、入るぞ」
スセリがろくに準備もしないまま扉を開けた。
そこは広くて立派な部屋だった。
このビルで一番偉い人間が執務する部屋なのだろう。上品な内装で、奥の壁はガラス張りで色とりどりの光で溢れる美しい夜景を一望できる。
「本当に久しぶりね。スセリ」
ターナは執務机の前に座っていた。
戦う意思は今のところ見せていない。
「さあ、そこにかけてちょうだい」
俺たちはすすめられるままソファに腰かける。
ターナはガラスのテーブルをはさんだ向かいのソファーに座って俺たちと向かい合った。




