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「安心して。罠じゃないわ」
「し、信じられませんっ」
「本当よ。いずれにせよ、私を殺すつもりならここに入らなくてはならないけど」
プリシラの言うとおり、易々と信じるわけにはいかない。
俺の印象ではターナは卑怯なまねも平気でする魔女。
罠である可能性はじゅうぶんにある。
「スセリ。ターナを説得してくれ」
だから俺は彼女の友人であるスセリを頼った。
しかし、スセリは首を横に振る。
「むだじゃろう。直接会って話をせねば」
「わかっているじゃない。『稀代の魔術師』さん」
肩をすくめるスセリ。
「とうにくたばっているかと思いきや、おぬしも不老不死を成し遂げたとはの」
「ただの不老不死ではないわ。私は若返り、永遠に若さを手に入れたの。あなたは少々幼すぎないかしら」
「この年頃の少女のほうがなにかと便利なのじゃよ」
「ふうん、そうなの。色気があるほうが女としての価値は高いのに」
それからターナはこう続ける。
懐かしそうな声で。
「ほんとうに久しぶりね。スセリ」
「こんな寒い場所で長話をするつもりはない。おぬしの家にじゃまするのじゃ」
「ええ。どうぞお上がりなさい」
それきりターナの声は聞こえなくなった。
しばし歪んだ空間の扉の前で立ち尽くしていた俺たちをスセリが促す。
「ワシが中に入って安全かどうか確かめてくる」
「危険ですよっ」
「俺が入る。スセリは待っていてくれ」
「変なところで男気を見せるな。じゃ、行ってくるのじゃ」
スセリが手をひらひら俺たちに振りながら、歪んだ空間をくぐっていってしまった。
「スセリさま、だいじょうぶかしら」
「あいつなら罠だったとしても機転を利かせてなんとかするさ」
「そうですねっ。スセリさまはそうかんたんにはやられませんもんねっ」
スセリが戻ってきたのはすぐだった。
「ただいまなのじゃ」
「どうだった?」
「それは中に入ってからのお楽しみなのじゃ。なかなか愉快じゃぞ」
「もったいぶらないで教えてくださいまし」
「入ればわかる。ほれほれ」
いぶかりながらも俺たちは歪んだ空間の中に足を踏み入れた。
扉の向こうには――異世界が広がっていた。
俺もプリシラもマリアも、目をまんまるに見開いてあぜんとしていた。
時刻は夜。おそらく。
古代文明の四角柱の塔が密集した、灰色の街。
それが俺たちの知る旧人類の遺跡と違うのは、どの塔も風化しておらず、窓に明かりが灯っていて夜を照らしていること。
それだけではない。
等間隔に並ぶ街灯にも明かりがついていて夜の闇を払しょくしている。
道の中央には絶えず鉄の箱のような乗り物が目まぐるしい速度で行き交っていて、その左右の脇を無数の人々が歩いていた。
「古代の世界……」
ここははるか昔の、科学が発展していた世界だった。




