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9-2

 宿屋をさがすため西区へ向かう。

 それにしても、本当に大きな都市だ。

 大通りは人でごった返していて、行き交う人に何度もぶつかりそうになる。そんな中で馬車までも遠慮なく走ってくる。


 まるで川の流れ。

 油断すると流れに呑まれて離ればなれになりかねない。

 ディアはどうにか俺の後ろをついてきている。

 スセリは魔書『オーレオール』の中。

 プリシラは……。


「ア、アッシュさまぁー。待ってくださいー」


 すでに流れに呑まれて溺れていた。

 正面からやってくる通行人に何度もぶつかりながら俺の背を追っているが、どんどん距離が離れていく。


「ひゃあっ!」


 走ってくる馬車をすんでのところでよける。

 立ち止まった彼女に容赦なく人々の波が押し寄せ、その姿はみるみる遠退いていった。


 人ごみの中、ぴょんぴょん飛び跳ねるプリシラ。

 頭のてっぺんから生える獣耳がかろうじて見える。

 なにか叫んでいるが、その声は街の喧騒にかき消されてこちらまで届いていない。


 俺は雑踏をかき分け、もと来た道を引き返す。

 そうしてプリシラのもとまでたどり着く。

 彼女は今にも泣きだしそうな顔をして雑踏の中で立ち尽くしていた。


「アッシュさま!」


 俺に気付くと、力なく垂れていた獣耳がぴんと立つ。

 俺はプリシラと手をつなぐ。

 小さくてやわらかい、プリシラのかわいい手。


「置き去りにしてすまなかった。さあ、行こう」

「ア、アッシュさまと手をつなぐなんて恐れ多いです!」

「なに言ってるんだよ」


 あわあわと首を振る彼女に俺は笑いかける。

 恐れ多いと言いながら俺の手をしっかり握っているのがかわいい。


「仲がよろしいのですね。アッシュさんとプリシラさんは」


 ディアにそう言われたプリシラはうれしさを隠しきれず、口元をへにょへにょさせていた。



 そうしてどうにか俺たちは西区へ到着した。

 道具屋や鍛冶屋、それに土産屋。

 ディアが言っていたとおり、ここには旅行者や冒険者向けの店舗が軒を連ねていた。

 その中に宿屋もあった。


「アッシュさま、宿屋がありましたよっ」


 プリシラが宿屋を指さす。

 しかし彼女の見つけた宿屋は四階建ての大きく豪華な店構えをしており、裕福な旅行者向けなのが一目でわかった。

 中に入ってみると案の定、豪華な内装のロビーにいるのは立派な身なりをした裕福層らしき人たちばかりで、旅人と思われる人間は一人もいなかった。

 ディアならともかく、俺とプリシラは場違いもはなはだしい。

 俺たちはそそくさと店を後にした。


「表通りは宿泊料の高い宿が多いのかもしれませんね」


 そういうわけで路地裏に入る。

 表通りから外れた途端、大都市の華やかさはなりをひそめる。

 そこかしこにある店も表通りと比べると、どことなくみすぼらしい。

 人通りも少なく、歩いているのは冒険者や旅人とおぼしき人たちばかりだ。


「あの宿はどうでしょう」


 ディアが古びた小さな宿屋を見つけた。

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