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俺は己の未熟さを恥じた。
キルステンさんの言うとおり、ナノマシンさえ止めてしまえばターナを逃がしても構わないと思っていた。
だが、スセリには昔の仲間を殺す覚悟をしていた。
「すまない、スセリ」
「ふむ、その謝罪はどういう意味として受け止めればよいのじゃ?」
「俺は考えは甘かった」
「殊勝じゃのう」
けらけらと笑う。
いつものスセリに戻って内心安堵する。
「まあ、これもなにかの縁なのじゃ。ほったらかしていた古い因縁にけりをつけよう」
王都を発ってどれだけ経ったろう。
長い旅の末、ようやくノースヴェール地方へと至った。
「これが雪ですか!」
車窓の流れる景色に食い入るプリシラ。
一面真っ白な大地が広がっている。
針葉樹の緑がところどころにあるだけで、あとはどこもかしも雪に覆われて白に染まっていた。
家屋の屋根も、山も、道も、すべて真っ白。
厚いふたをされた灰色の空からは雪がちらちらと降っている。
少しずつ、少しずつ、雪は積もり、この景色をつくっていた。
初めて見る雪にはしゃぐプリシラとは正反対に、マリアは具合の悪そうな顔をしている。
自分の腕で自分の身体を抱きしめて小刻みに震えている。
「さ、寒いですわ……」
車内は今、とても寒い。
ノースヴェール地方に入って景色が白に変わってからというもの、かなり寒いのだ。
用意しておいた防寒具を着こんでいて、さらに車掌が持ってきてくれたブランケットで身体をくるんでいても、この寒さは厳しい。
「くしゅんっ」
マリアがくしゃみをした。
「アッシュ。あっちを向いていてくださいまし」
「また吐きそうなのか?」
「違いますわ! 鼻をかみますのよ」
「おっと、悪かった」
俺が顔をそらしてすぐ、ずずーっと鼻をかむ音がした。
顔を元に戻すと、マリアの鼻が赤くなっていた。
スセリがわざとらしく肩をすくめる。
「あーやれやれ。近頃の若者は軟弱じゃのう。プリシラを見習わんか」
「プリシラは寒くないのか?」
「言われてみれば肌寒いです」
プリシラは寒さにもへっちゃら。
獣の血が流れる半獣だから平気なのかもしれない。
「温泉温泉。温泉につかりながら酒を飲むのが楽しみなのじゃ」
で、この『稀代の魔術師』がまったく寒がっていないのはなぜか。
身体を温める便利な魔法でもあるのならぜひ教えてもらいたい。
「こ、ここここんなに寒いだなんて……。ターナを成敗するどころではありませんわよ……」
「ならばこれを飲むがよい」
スセリが水筒をマリアに手渡す。
「身体が芯から温まるのじゃ」
「ちょっと待て。もしかしてそれ、酒じゃないか?」
「いかにも。ぶどう酒なのじゃ」




