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森を抜けるころには太陽の位置は低く、空を茜色に染めていた。
「むむむ……。近くに町や村はないみたいです」
プリシラが地図をにらみながら言う。
「ディアはどこからどうやって森までやってきたんだ?」
「わたくしはケルタスという街からやってきました」
「ケルタスですか!?」
プリシラが目を見開く。
その名前なら俺も知っている。
ケルタスはアークトゥルス地方で最も栄えている大都市。海に面しており、多くの船舶が他の都市行き来し、貿易が盛んである。領主の屋敷もそこにある。そして俺とプリシラとスセリの当初の目的地でもあった。
しかし、ケルタスはここからだいぶ遠いところにある。
馬車も使わず女の子一人でここまで来るには一日や二日では済まない。
「ディア。ケルタスからここまで、もしかして、一人で野営しながら来たのか?」
「ここに来るまで他に村や町がなかったので、木の根を枕にして夜を過ごしました」
よくここまで無事に来れたものだ……。
こんな貴族の令嬢みたいな身なりの少女が一人で歩いているなんて、野盗の格好の獲物だろうに。
俺はこの世間知らずなお嬢さまに呆れかえった。
街道を歩いていくうちに完全に日が沈んで夜になり、俺たちは歩みを止めて野営をすることにした。
森で拾っておいた木の枝を使い、火を焚く。
俺とプリシラとディアは焚火を囲むようにして座った。
干し肉とパンを分け合って食べる。
むしゃむしゃとかじりつく俺とは違い、ディアは口に入る分だけ小さくちぎってゆっくりと食べていた。
「星がきれいですー」
プリシラが夜空を見上げている。
満天の星。
それはまるで天空に宝石をちりばめたかのよう。
「晴れた日の夜空は星がよく見えますね」
ディアも夜空を仰いでいる。
そして指先を星々に向ける。
「あれは虎使い座で、あちらにあるのは巨人座ですね」
「ふえっ?」
「星座がわかるのか? ディア」
「多少ですが」
「えーっと、どれが虎使い座ですか?」
「あちらに三つ連なっている、ひときわ強く輝いている星を見てください」
「……えっと、よくわかんないです」
ディアが空を指さして星座の位置を示すも、プリシラは首をかしげるばかりだった。
やはりディアは貴族の娘だな。
それも、一定水準以上の教養のある。
貧乏貴族というのは間違いなくウソだろう。
「ディア」
「はい。アッシュさん」
「くどいようだが、家を出て外の世界をアテもなくさまよっていた理由、俺たちに教えてくれないか。困っていることがあるのなら力になれるはずだから」
「……」
沈黙するディア。
それから彼女はこう答えた。
「お二人には、これ以上ご迷惑はかけられませんから」
しかしやはり、ディアはあいまいな苦笑いを見せるだけだった。
「あっ、流れ星ですっ」




