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偽りの家の名。
ひた隠しにしている、一人で旅をしていた理由。
ディアという名前すら本名かどうか怪しい。
ディアはかたくなに自分のことを語ろうとしなかった。
だが、今はそれで構わない。
とりあえずは彼女を安全な場所に送るのが俺たちの役目だ。
アークトゥルス地方へ行き、どこか治安のよい街にディアを届ける。
それで別れるのだというのならこれ以上彼女の事情に深入りはしないし、事情を打ち明けてくれるというのなら力になる。
「ディアさま。困っていることがあるのならおっしゃってください。アッシュさまはとてもお優しい方です。どうかわたしたちを信用してください」
「……ありがとうございます。お気持ちだけ受け取らせていただいます」
ディアは苦笑いを浮かべた。
事情を打ち明けたいが、それができない事情がある。俺たちを巻き込むわけにはいかない。
そう言いたげな苦笑いだった。
――お人よしじゃのう。
魔書『オーレオール』の中のスセリが呆れた調子で言う。
――素性もわからん人間に手を貸すなど。
「人は助け合いをするものですよ、スセリさま」
――こやつは息子のアッシュを暗殺するために送られた父親の差し金かもしれんぞ。
「ふえっ!?」
――まあ、冗談じゃが、見た目に騙されてはならんと忠告しておくのじゃ。
見た目が10代の少女で実際は200歳を超えるスセリが言うと説得力があるな。
俺たちの前を一羽の小鳥が横切る。
木の枝にとまる。
俺たちをじっと見下ろしている。
「かわいい鳥さんですー」
目をきらきらさせるプリシラ。
――焼いて食うのじゃ。
「スセリさま!?」
ディアも木の枝に止まる小鳥をじっと見上げている。
小鳥もディアを見つめている。
気のせいか、意思疎通しているように見える。
「……おいで」
ディアが手を差し伸べる。
すると小鳥は枝から飛び立ち、彼女の手の上にとまった。
微笑むディア。
「いい子ね」
小鳥の頭をなでる。
小鳥は逃げる気配などみじんも見せず、ディアの手の上で羽を休めていた。
「すごいですっ、ディアさま!」
プリシラも俺も驚いていた。
人間を恐れる野生動物が自分からディアのもとにやってきた。
やはりディアは心優しい少女なのだろう。
そんな彼女が一人で旅をしなければならない事情がある。
なんとしても助けてあげたい。
茂みから二匹のリスが現れる。
そしてディアの足元までやってくる。
ディアはその場にかがみ、リスたちにも手を触れた。
「そろそろいかなくちゃ。ばいばい」
ディアがそう言うと、小鳥は飛び立ち、リスたちも森の奥へと帰っていった。
「すみませんでした。日が暮れる前に森を抜けなくてはいけないのでしたね」
「いや、いいさ」
「わたしも動物さんたちと遊びたかったですー」
「動物たちは純粋な心を持っていればおのずと心を通わせにきてくれます。プリシラさんもきっと動物たちと仲良くなれますよ」




