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そして『王都お菓子作り大会』の日になった。
大会が開催される中央広場にはすでにたくさんの露店が並んでいる。
いずれも大会の出場者の店舗だ。
優勝者を決めるのはあくまで王族たちだから、出店自体は順位に影響しない。
しかし、この日、この場所は、パティシエたちが自分の名前を売る絶好の機会。
ゆえに出場者たちは腕によりをかけてお菓子を焼いて、観客たちに振舞っているのである。
広場には大勢の人々が集っている。
その混雑ぶりは王都剣術大会に匹敵する。
バターとバニラの甘いにおいが漂っている。
「ふふっ。今日はワシがアッシュを独り占めじゃな」
ごきげんなようすのスセリ。
彼女は俺の腕に自分の腕を回して密着している。
他人から見れば恋人同士――いや、スセリの外見だと兄妹かもしれないな。
「こうして祭りを見て回っておると、夫とデートしたのを思い出すのじゃ」
リオンさんだな。
「リオンさんはやさしい人だったのか?」
「呆れるほどのお人よしだったのじゃ。まあ――」
「『まあ』……?」
スセリが小悪魔的な笑みを浮かべる。
「アッシュほどではなかったがの」
俺はそんなにお人よしだったのか……。
「悪かったな。呆れるほどのお人よしで」
「褒めておるのじゃからふてくされるでない」
俺のほっぺたをつつくスセリ。
「ワシの次の夫にしてやるのじゃから、機嫌を直せ」
「俺は別になりたくないんだが」
「ほう。本当か?」
本当だ。
と即答したかったはずなのに、俺は言葉に詰まってしまった。
くやしくも、結果的にこの反応は余計にスセリを楽しませてしまった。
スセリはきれいだ。
恋愛の対象にするには少々幼い見た目かもしれないが、赤の他人ならあっさりと誘惑できるだろう。
事実、俺も彼女に好かれて悪い気分はしない。
「どうじゃ? ワシと結婚する気になったか?」
「か、考えておく」
「その返事は実質肯定じゃぞ? のじゃじゃじゃじゃっ」
この少女にはかなわないな。
スセリが紙袋に手を突っ込んでクッキーを一つ手に取る。
それを俺の口まで持っていく。
「ほれ、『あーん』するのじゃ」
「……」
俺は命じられるまま口を開けた。
スセリにクッキーを放り込まれる。
クッキーを口の中で砕く。
噛み応えのあるクッキーだ。
「もっとほしいか?」
「じ、自分で食べる……」
「遠慮するでない。ほれ、『あーん』」
そんな感じで俺とスセリは露店を見て回ったのであった。
完全にデートだ。
スセリはいつになくごきげんで、終始俺に密着していた。
「勘違いされては困るから一応言っておくのじゃ。ワシはおぬしをリオンの代替とは思っておらぬのじゃ」
頬を染めて笑みを浮かべる。
「アッシュ。おぬしを心から好いておるのじゃからな」




