8-4
「アークトゥルスへ戻らねばならないのですか……」
表情を曇らせてうつむくディア。
アークトゥルスへ帰れない事情があるのだろう。
おそらく逃げてきたのだ。彼女は。なにかから。お金も持たず、着の身着のまま。
とはいえ、彼女を一人にするわけにはいかない。
「このまま目的もなく一人で旅をするよりは安全だ」
「そうですよ。アッシュさまは『稀代の魔術師』の力を受け継いだのですからっ」
「お、おい、プリシラ……」
「……はっ。す、すみませんっ。アッシュさま!」
うっかり口を滑らせたプリシラは慌てて口を押える。
俺が万能の魔書『オーレオール』の所持者であるのを他者に知られたら、余計な危険を招きかねない。そのことにプリシラは気づいたのだった。
ん? 『オーレオール』……?
なにか忘れているような……。
「『稀代の魔術師』ですか……?」
「まあ、俺たちにもいろいろとあるんだ」
「えっと、わたしたち、とっても強いのでぜひぜひ頼ってくださいっ」
「プリシラの言うとおり、俺たちはディアの抱えている事情を解決できる力を持っているかもしれない。今すぐ打ち明けろとは言わないから、アークトゥルスへ一緒に行かないか?」
ディアは目を閉じて考え込む。
熟考の末、彼女はこう言った。
「わかりました。アッシュさん、プリシラさん。お二人の旅に同行させてください」
「もちろんですっ。ですよねっ、アッシュさま」
「ああ。頼りにしてくれ。ディア」
「……はい」
そこでようやくディアは笑みを浮かべた。
心細さから解放されて安心したような笑みだった。
彼女と俺たちの距離が少しだけ縮まった。
「そうと決まれば、日が暮れる前に森を抜けてしまおう」
「ちょっと待つのじゃー!」
俺たちが歩きだして少しして、背後からそんな叫び声が聞こえてきた。
振り返ると、そこに銀髪の少女――スセリが立っていた。
「スセリ!」
「スセリさま!」
「ワシをここに置いていくつもりか!」
「あ、あの方は……?」
困惑するディア。
そうだ。忘れていた。
召喚した剣を両手で握るとき、手に持っていた『オーレオール』をとっさに放り捨ててしまったのだ。
そしてスセリを宿した『オーレオール』は拾われることなく、道端に置き去りになっていたのだ。
「ワシを忘れるとはなにごとじゃー!」
スセリは短い助走をつけて『オーレオール』を全力でぶん投げてきた。
ゴンッ。
分厚いその魔書は俺の頭に直撃した。
森に引かれた道を歩きつつ、俺たちはスセリと『オーレオール』のことをディアに説明した。
ディアを紹介するには『オーレオール』についても話さなくてはならない。俺が万能の力を持っていることを彼女に打ち明けたのだった。
「万能の魔書……。不老不死の魔術師……」
「そういうわけだから、ディアが抱えている問題も俺の魔法で解決できるかもしれないぞ」
「……」
しかしディアは沈黙する。
それから彼女はかぶりを振った。
「……ですが、わたくしの家の問題にアッシュさんたちを巻き込むわけにはまいりません」




