77-2
「いいにおいがするな」
そこにユリエルが現れた。
「ユリエルさま。精霊界から帰ってきたのですね」
「あ、ああ……」
「……?」
ユリエルがプリシラから視線をそらす。
気のせいか、どこかよそよそしい。
「あっ!」
プリシラがポンと手を合わせる。
そしてにこりと笑う。
「ユリエルさまの分もちゃーんとありますよ」
クッキーとケーキの乗った皿をユリエルに差し出した。
「あ、ありがとう……」
しかし、それでもユリエルは浮かない顔をしていた。
なにか言いたげだが、どうしたのだろう。
「お前たちに言わなくちゃならないことが――」
リンリンリン。
その言葉を遮るように来客を告げるベルが鳴った。
玄関の扉を開ける。
すると、そこには外套をまとった人物が立っていた。
フードを目深にかぶっていて顔を隠している。
口元から察するに若い女性だ。
「どなたでしょうか」
警戒しつつ問いかけると、女性はにこりと笑みを浮かべる。
そしてこう答えた。
「わたくしです」
「……?」
「これでもわかりませんか?」
フードを脱ぐ。
高貴な血筋を感じさせる端正な顔立ちが現れた。
「ラピス王女!?」
その女性はラピス王女だった。
思いもよらぬ来客にすっとんきょうな声を上げる俺。
ラピス王女は「しーっ」と口に指をあてる。
「わたくし、今日はお忍びでやってきました」
「ど、どういったご用件で……?」
「ふふっ」
動揺している俺を面白がっているようす。
ラピス王女、想像以上におてんばだな……。
彼女の肩越しに外の景色を見る。
木の陰に誰かいる。
おそらく彼女の護衛だろう。
彼女がつけさせたのか、あるいはこっそりついてきたのか。
「あなたのメイドとルミエール家のお嬢さまがお菓子作り大会に出場するのを知って、手助けをしにきたのですよ」
ラピス王女はそう言うが、無償で手助けをするわけではないはなんとなくわかった。
その対価としてスセリに不老不死にさせてもらうつもりだろう。
ラピス王女はスセリに不老不死にさせてもらうよう、しつこくせがんでいたからな。
「とりあえず……。散らかってますがどうぞ上がってください」
ラピス王女を『シア荘』に招いた。
プリシラとマリアはやんごとなきお方の来訪に目をまんまるにしていた。
「これがプリシラの焼いたクッキーで、こちらがマリアさんのケーキですか」
「が、がんばりましたっ」
「とんだおてんば王女さまですわね」
プリシラの焼いたクッキーを手に取るラピス王女。
口に入れて噛む。
緊張した面持ちでそのようすを見守るプリシラ。
「……おいしいですね」
「それじゃあ――」
「でも、それだけです」
ラピス王女は今度はマリアのケーキを試食する。
「うーん、これもおいしいだけですね」
おいしい、とラピス王女は言っているが、その顔は難しい表情をしている。
決してほめているのではないとその顔でわかった。
やはりそうか。
「『おいしいお菓子』なんて、王族は毎日食べてますもの。それだけでは優勝は無理です」
プリシラと同じことをラピス王女は言った。




