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ある日のこと――。
「おまたせしました、アッシュさまっ」
プリシラがにこにこ笑顔で大皿を持ってきた。
大皿に載っているのは、彼女の手作りクッキー。
クッキーは焼く前の段階で型枠でくりぬかれたており、猫やライオンといった動物のかたちになっていて見た目にもかわいい。
「さっそく――」
「食べるのじゃっ」
まっさきにスセリがクッキーに手を伸ばした。
猫のかたちのクッキーを口の中に放り込んでもぐもぐ食べる。
プリシラは「あはは……」と苦笑いしている。
「うむ、とてもおいしいのじゃ」
「アッシュさまはどうですか……?」
俺もクッキーを一枚食べる。
……すごくおいしい。
焼きたての生地は香ばしく、さくさくとした食感がたまらない。練り込まれたチョコレートもほろ苦くておいしい。
「おいしいよ、プリシラ」
「てへへー」
プリシラはくすぐったそうに顔をほころばせた。
「これなら優勝間違いなしだ」
「そ、それはほめすぎですよー」
「いいや、アッシュの言うとおりなのじゃ」
来月、とある大会が王都で開催される。
それは『王都お菓子作り大会』だ。
その名のとおり、王都で最もおいしいお菓子を競う大会である。
ただの大会ではない。
お菓子の審査をするのは王さまや王女さまといった王族で、優勝者のお菓子は王侯貴族たちのパーティーでも振舞われるというのだ。
これほど名誉なことはない。
そういうわけで、プリシラとマリアはお菓子作り大会に出場したのであった。
俺とスセリ食べたクッキーは大会で作りお菓子の試作品である。
「わたくしのケーキも出来上がりましたわよ」
マリアが作ったのはイチゴの乗ったケーキ。
いてもたってもいられなくなったらしいスセリはフォークでケーキを串刺しにして食らいついた。
蛮族か……。
「おいしいのじゃー」
口のまわりはクリームまみれになっていた。
遅れて俺もケーキを口にする。
これもおいしい。ケーキ屋に並んでいても恥じない出来だ。
「マリア、ケーキ作りも得意なんだな」
「ふふっ。これも淑女のたしなみですわ」
マリアは得意げに髪をかき上げた。
「うーん……」
プリシラが眉間にしわをよせている。
悩んでいるようす。
「でも、これでは優勝できない気がするんですよね」
「そうか? 俺は優勝を確信したんだけど」
「だって、これって普通のクッキーじゃないですか。マリアさまのものも失礼ながら、どこにでもある普通のケーキです。おいしいのは間違いないんですけど」
プリシラの言いたいことはわかった。
大会に出場する人たちは腕に覚えのあるものばかり。本物の菓子職人もいるのは間違いない。みんな名誉のために全力を尽くすだろう。
だとすると『おいしい』というのは合格点ではなく、最低限の条件にすぎないのだ。
おいしい以上のものをお菓子で表現しなければならない。
そうしなければ優勝は不可能だろう。




