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「精霊竜よ。精霊剣をワシに渡すのじゃ」
「いいえ。あなたに精霊剣承はさせません」
スセリと精霊竜がいた。
古代の建造物のように、天を貫くほどの大樹がそびえていた。
それを背にして精霊竜がいる。
精霊竜……。図書館ではなくてここにいたのか。
精霊竜の前にはスセリが立っていた。
「スセリ!」
「アッシュ……!」
振り返ったスセリは驚いた顔をしていた。
それから顔をほころばせる。
その表情が俺の胸をちくりとさせた。
「来てくれたのじゃな」
「……俺は」
彼女は勘違いしている。
俺が目をそらしたのを見て察し、スセリは苦笑した。
「なんじゃ、そういうことか」
「スセリ。もうやめてくれ」
「ワシは人類の代表として、人々を革新させねばならないのじゃ」
スセリが精霊竜を見上げる。
「こやつら竜は、自分の思い通りにできる人間を選別し、その者に精霊剣承を続けさせた。こやつらは自分の選んだ人間にこう願わせたのじゃ」
「竜の滅亡の回避」
スセリの言葉に先回りして精霊竜がそう言った。
「そうです。わたしたちは精霊剣を継承させる人間たちに竜の絶滅の回避を願わせました」
「繁殖能力に劣る竜は遠くない未来、絶滅を迎える。そのため、竜を生み出す願いを人間にさせてきたのじゃ」
「我ら竜は魂が辿り着くこの世界を守らねばならないのです。群れで社会を形成する人類とは異なり、他の生物と比較して圧倒的な力を持った竜は個で生きていけます。精霊界を守護するのにふさわしいのです」
「驕りじゃな」
「驕っているのはあなたです。『稀代の魔術師』よ。精霊剣を抜けぬあなたなど恐れるに値しません」
スセリが俺のほうを振り向く。
「精霊竜の後ろにある大樹の根に精霊剣が刺さっておる。アッシュよ、精霊剣を抜き、人類を死の呪いから解き放つのじゃ」
すると、精霊竜が四つ足で立ち上がり、横にどいた。
スセリの言うとおり、大樹の根に一本の剣が刺さっていた。
細身の白銀の剣。
夢で見たのと同じ――精霊剣だ。
「アッシュ・ランフォードよ。あなたならば精霊剣承をまかせられます。精霊剣を抜きなさい」
「アッシュ。わかっておるな?」
精霊竜とスセリが俺を見ている。
俺は前へと進む。
スセリの脇を抜け、精霊竜の脇を抜け、段差を登って精霊剣の前に立つ。
夢の中では精霊剣を折ってしまった。
だが、今なら抜ける。
理由はわからないが、そう確信できた。
「アッシュよ」
「アッシュ・ランフォードよ」
スセリが、精霊竜が、俺の決断を見届けている。
俺は精霊剣の柄に手を触れる。
そしてぎゅっと握る。
軽く力をこめて手を引く。
すると、驚くほど軽く刀身が根から抜けていく。
精霊剣はあっけなく根から抜けた。




