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魔剣アイオーンはなおも赤く脈打っている。
持ち主が死んでもこいつはまだ生きている。
アイオーンを握っていたナイトホーク腕が干からびる。
そして朽ちてバラバラになった。
アイオーンがふわりと浮き上がる。
そのまま俺の前へとゆっくりと近づいてきた。
アイオーンは求めている。新たな宿主を。
俺は精霊竜からもらった剣を構える。
振りかぶった剣でアイオーンを叩き斬った。
剣に宿った聖なる力によってアイオーンは刀身の半ばで折れた。
浮遊していたアイオーンが地面に落ちる。
二つに折れたそれの断面から黒いもやが吹き出てくる。
黒いもやを出し切ると、アイオーンは赤い光を失った。
慎重に指で触れる。
指先が触れたとたん、アイオーンは乾いた砂のように崩れた。
邪悪なる剣は邪悪なる者と共に滅びた。
立ちはだかる敵を退けた俺は先を急いだ。
森を歩いていくと、木々がなくなったところに川が流れていた。
透明な水がさらさらと流れている小川。
川には橋が架かっている。
俺は橋を渡って川を越えた。
森を抜けた川を渡って先に進むと廃墟群へと至った。
ところどころに朽ちた建物がそこかしこにある。
ユリエルと以前、砦に行ったこともある。
竜しか住んでいたいはずのここに図書館や砦や家、橋といった人工の建築物があるのに、俺はずっと疑問に思っていた。
精霊界には人が住んでいた痕跡があるのだ。
精霊界にははるか昔、人間がいたのだろうか。
そんなことを考えていたそのとき、建物と建物の間を誰かが横切った。
「スセリ!」
見間違えるはずがない。
銀色の長い髪の少女。
スセリだ。
スセリを追いかける。
建物を曲がって振り向くと、彼女の後姿が見えた。
やっと追いついた。
「スセリ! さがしたんだぞ」
安堵した俺はスセリの肩に手を振れる。
……が、しかし、その手を肩に触れることなくすっと空振りした。
「なっ!?」
スセリに触れようとしても触れられない。
霧に手を伸ばすかのように、俺の手は彼女の身体を素通りするのだ。
しかもスセリは俺の存在を完全に無視して正面を向いたまま。
「幻影……なのか……?」
このスセリは実体を持たない幻影らしい。
映像というやつか。
「リオン!」
幻影のスセリが声を出した。
そして駆けていく。
その先には一人の青年が立っていた。
「あれは――俺なのか!?」
一瞬、その青年は俺自身かと思った。
ところがちゃんと見ると、俺にそっくりな他人だった。
幻影のスセリが青年の腕に自分の腕を回す。
「リオン、遅かったのじゃ。約束の時間を過ぎておるのじゃ」
「ああ、すまない、スセリ」
リオンと呼ばれた青年がにこりと笑った。
スセリのほうも文句を言っておきながら笑顔である。




