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8-3

 ディア。

 気品ある紫の髪の少女はそう名乗った。


「魔物の襲撃から救っていただいて、重ねてお礼を申します」

「ディアさまはどうしてこの森に? 家族の方はいらっしゃらないのですか?」

「それは、その……」


 返事をためらうディア。

 なんと答えるべきか迷っているようす。

 しばらくして彼女はこう答えた。


「わたくしは旅をしています。この森には一人で入りました」

「お一人で!? 危険ですよっ」


 プリシラの言うとおり、一人でこの森に入る――いや、一人で街の外に出るなど無謀極まりない。実際、魔物に襲われたのだから。


「これにはいろいろと事情がありまして……」


 語尾を濁して視線をそらすプリシラ。

 表情を曇らせている。

 その『事情』とやらはどうやら言えないようす。


「ディア。家の名を聞かせてもらってもいいか?」

「えっ」

「その見た目で平民ってことはないだろ。どこの領主の娘なんだ?」

「わ、わたくしは……」


 再びディアはうろたえて口ごもる。


「その……」

「俺はランフォード家の生まれだ。ランフォード家のアッシュ。今は追放されて冒険者をしているけどな」

「わたしはアッシュさまのメイドのプリシラと申します。お見知りおきをっ」


 にこっ。

 プリシラは笑顔で名乗った。


「ランフォード家……。確か、スピカ領の召喚師の」


 詳しい。

 やはりディアはどこかの貴族だ。

 それもランフォード家を知っているくらい教養のある。


「わたくしは、おそらくあなたがたは聞いたこともないような小さく貧しい領地の生まれです。アークトゥルスの辺境の……。そう、ウェミドールという名の家です。わたくしはウェミドール家の娘なのです」


 ウェミドール家か。

 確かに聞いたことのない家の名だ。

 もっとも、俺はアークトゥルス地方の貴族についてはさっぱりだから、聞き覚えがないのは当たり前なのだが。

 だが、ディアの口ぶりから察するに、おそらくウェミドール家という貴族など存在しないのだろう。俺の質問に対して、とっさに思いついた言葉を口にしたような感じからして間違いない。

 ディアは後ろめたげに視線をあちこちにさまよわせている。


「それでは、わたくしはこれで」

「えっ。ディアさま!?」


 ディアはその場から立ち去り、俺とプリシラが歩いてきたほうへ行こうとする。


「一人じゃ危ないですよっ」


 プリシラが彼女の正面に回って引き留める。


「どちらへ行かれるおつもりなのですか?」

「……わかりません」

「ふえっ!?」

「とにかくこの森を抜けて、どこかの街へ行こうかと」


 つまりなにも考えていないわけだ。

 無謀にもほどがある。


「ディア。金はあるのか? 宿を取るにも馬車に乗るにも金がいるぞ」

「お金は……持っておりません」


 俺とプリシラは顔を見合わせる。

 ディアをこのまま行かせるわけにはいかない。

 せっかく助けたのに、このままではまた危険な目に遭ってしまう。


「ディア。この際だから理由は教えてくれなくてもいい。だが、一人で旅をするのはあまりにも無茶だ。しかも、ろくに金も持たず、行くアテも無いなんて」

「ディアさま。わたしたちと一緒に森を抜けてアークトゥルスへ行きましょう」

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