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さっきは拒絶したが、どうやら精霊界には行かなくてはいけないようだ。
「俺たちは鏡を使って精霊界に行こう」
俺はプリシラとマリア、ユリエルと共に『シア荘』に戻った。
ユリエルがこの世界と精霊界を毎日行き来している鏡の前に立つ。
……しかし、鏡は光らない。
鏡に映っているのは精霊界ではなく、焦燥の表情をする俺たち。
ためしに鏡に触れてみても、硬く冷たい感触がするだけだった。
精霊界への道が閉ざされている。
「精霊界への道は精霊竜さまの力によってつなげられている。精霊竜さまの身になにかあったのかもしれない……」
「ど、どうしましょう!」
一刻も早く精霊界へ行き、スセリとロッシュローブ教団の精霊剣承を阻止しなくてはならないのに……。
スセリが成せば全人類が不老不死に。
ロッシュローブ教団が成せば……、おそらく破滅が訪れる。
プリシラがおずおずと手を挙げる。
「あ、あのあの。魔法で空を飛ぶことはできないのでしょうか……?」
「『オーレオール』の力を借りたアッシュならできるかもしれませんけれど、わたくしの魔力ではあの高さは到底無理ですわ」
よしんば魔法で空を飛んだとしても、問題はまだ別にある。
窓に目をやる。
精霊界への続く空の裂け目の周辺を複数の竜が旋回している。
他の者が精霊界へ行かないようにロッシュローブ教団の手下が見張っているのだろう。
空を飛んでいったとしても、やつらに攻撃されてしまう。
「お、お手上げなのでしょうか……」
「今のわたくしたちでは無理ですわね……」
「くそっ。精霊界が人間どもに荒らされるのを見ているだけだなんて……」
みんながあきらめかけていたそのときだった。
突如、地面が大きく揺れた。
「ひゃんっ!」
姿勢を崩したプリシラが俺にしがみつく。
顔を赤らめて慌てて俺から飛び退く。
「す、すみません! アッシュさま!」
「いや、ケガはないか?」
「はい……」
そのようすをマリアがジト目で見ている。
それからあまりにもわざとらしく俺の腕にしがみついてきた。
「……とっくに揺れは収まっただろ」
「だって、プリシラだけズルいですわ」
「なにやってんだお前ら……」
こんな事態なのにもかかわらず、俺たちは心底くだらないやりとりをしてしまった。
「アッシュ。アッシュ・ランフォード」
「おわっ!」
窓ガラスがガタガタ振動するくらいの大きな声が外から響いてくる。
まるで落石か雷鳴のような声だ。
「ひゃあっ!」
それから窓越しに竜の顔がにゅっと現れた。
「竜が現れましたわ!」
「なんたら教団の竜か!」
「いや、この竜は……」
この竜には見覚えがある。
俺たちと過去に一度戦った竜――アスカノフだ。




