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望む願いを叶えられる。
スセリの真面目な口調からして、それは本当なのだろう。
「アッシュよ。おぬし、ユリエルは好きか?」
いきなりそう問われたので、俺は言葉に詰まった。
それを見たスセリが苦笑いする。
「からかっておらん。大切な友人かと尋ねておるのじゃ」
「あ、ああ。もちろんだ」
「なら、あやつのために、精霊界の新たな管理者になるつもりはないか? そうすればいつでもおぬしらはいっしょなのじゃ」
俺は再び沈黙してしまった。
精霊界の新たな管理者になるだなんて決断、そんな簡単にできない。
というか、なるつもりはまったくない。
「プリシラやマリアも精霊界に連れてきて、新たな場所で皆で暮らさぬか?」
「いや、今のままでじゅうぶんだ。ユリエルも狩りをしないときは『シア荘』にいるから、さみしくはないはずだ」
今、精霊界を管理している精霊竜も善良な竜だ。
俺が成り代わるまでもない。
「管理者となればなんでも願いが叶うのじゃぞ」
「魅力的だけど、今の生活を投げ打ってまで叶えたい願いは今のところないな」
「……ふむ、そうか」
わかってくれたらしい。
スセリにはいつも驚かされる。突拍子もないことを言いだすからな。
そう思っていたら、スセリはまた思いもよらぬことを口走った。
「ならばワシが精霊剣承をなそう」
そのときだった――夜空に異変が生じたのは。
割れそうになったクッキーのように空に白い亀裂が走る。
そして亀裂から空が割れ、青空が現れた。
「やはり今夜じゃったな」
「どいうことだ!?」
「精霊界とこの世界が異常に接近した結果、衝突して裂け目ができたのじゃ」
ふわり。
スセリの身体が宙に浮く。
「ワシはこれから精霊界へと赴き、精霊剣を継承する。そして願いを叶える」
「願い? スセリには願いがあるのか?」
「いかにも」
そして彼女はこう言った。
「ワシの願いは――すべての人類を不老不死にすること」
俺に手を差し伸べてくる。
「アッシュよ。もう一度問う。共に行かぬか?」
俺はあ然としていた。
すべての人間を不老不死にするだって……?
そんなことしたら世界は大混乱に陥る。
「スセリ! バカなマネはやめろ!」
「バカなどではないのじゃ」
それからスセリは続ける。
「神は自ら創造した生き物に寿命というくびきをかけた。ワシら人類はそのくびきから逃れるときがきたのじゃ。そして、神と対等の立場となる」
精霊界へとつながる空の裂け目が徐々に広がっていく。
「むなしいとは思わんか? 子孫を残して死ぬという行為を延々と繰り返すなど」
「……それが、生きるってことじゃないのか?」
「生まれては死に、死んでは生まれ……。無限の命を得たワシは理解したのじゃ。それは種族がかろうじてこの世界にとどまっているための危うい連鎖なのじゃと」




