8-2
「スティールホーンだ……」
鋼鉄のツノを生やしたその鹿を俺は知っていた。
冒険者ギルドの掲示板に、その姿が描かれた討伐依頼書が掲示されていた。姿が特徴的だったからおぼえていたのだ。
スティールホーンは鋭い牙をむき出しにして唸り声を上げ、俺たちを威嚇している。
紫の髪の少女をプリシラに任せ、俺は二人をかばうようにスティールホーンの前に出る。
魔書『オーレオール』を手にして。
「スセリ、魔物が現れた。魔力を送ってくれ」
……。
……。
……。
しかし、スセリは一言も返事をしない。
「おい、スセリ!」
俺がいくら声をかけてもスセリはうんともすんとも言わなかった。
彼女が『オーレオール』の魔力を送って呪文を教えてくれないと魔法が使えない。
スティールホーンが頭を下げ、鋼鉄のツノの鋭利な先端を俺に向ける。
そして助走もなしに突進してきた。
「守ってくれ!」
俺は『オーレオール』を前に掲げ、やぶれかぶれに叫んだ。
すると、俺とスティールホーンの間を遮るように半透明の魔力の壁が出現し、スティールホーンの突撃を食い止めた。
魔力の壁は鋼鉄のツノに貫かれてバラバラに砕け散って消滅する。
あ、危なかった……。
魔力の壁に激突した衝撃でスティールホーンは怯んでいる。
攻撃するなら今しかない。
俺は頭の中に『剣』を思い描き、そして再び叫んだ。
「来たれ!」
そう唱えて右手を高く上げる。
その手に魔法円が浮かび上がり、金属の剣が召喚された。
ずしり。
魔法円が消え、剣の重みが手にかかる。
片手で握るにはかなり重い。
『オーレオール』を放り捨て、両手で剣を握る。
そして思い切り振りかぶってから垂直に打ち下ろし、渾身の一撃をスティールホーンにかました。
同時にスティールホーンが飛び退く。
直撃は避けられ、剣の切っ先がスティールホーンの額をかすった。
だが、それでじゅうぶんだった。
額を傷つけられたスティールホーンは茂みを飛び越えて森の奥深くに逃げていった。
……なんとか魔物を退けた。
生きるか死ぬかの戦いに勝った。
俺は極度の緊張で手の震えが止まらなかった。
「アッシュさま!」
後ろを振り返ると、プリシラと紫の髪の少女が俺を心配そうに見つめていた。
「安心してくれ。魔物は逃げていった」
「おケガはありませんか?」
「ああ」
「よかった……」
プリシラはほっと胸をなでおろした。
「危ういところを助けていただきありがとうございます」
紫の髪の少女がそう俺たちに礼を述べた。
裕福な家の生まれとわかる外見。
おなじくそんな口調。
やはり貴族の娘だろう。この気品、商人や冒険者ではない。
「わたくしの名は」
そこで少女は言葉を詰まらせる。
妙な違和感を俺は覚える。
少しの間を置いてから、彼女は再度言い直した。
「わたくしの名はディアと申します」
人物紹介
【ディア】
謎の少女。




