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だから俺は彼女の背中を押してあげた。
「精霊竜さまにきいてみたらどうだ?」
「で、でも……」
ちょうどそのときだった。精霊竜が現れたのは。
俺たちの前にその半透明姿が映し出された。
スセリはたしか、こういうのを『映像』って言ってたな。
「『稀代の魔術師』の継承者よ。ブラックマターの討伐、感謝いたします」
「精霊竜さま。ユリエル一人にブラックマターを討伐させるのはかわいそうではありませんか?」
俺は正直に思ったことを告げた。
「ユリエルはかつて魔王ロッシュローブとして人類に害をなしました」
だからこれは当然の罰なのだと言いたいのか。
そんなの間違っている。
「ユリエルはユリエルです。魔王ではありません。罰なんて必要ありません」
「お、おい、お前……」
ユリエルは戸惑っている。
彼女からすれば迷惑なおせっかいかもしれないが、俺はこのまま彼女を放っておいて元の世界に帰るわけにはいかなかった。
精霊竜がやさしい声で諭すように俺に言う。
「『稀代の魔術師』の後継者よ。あなたの言い分はよくわかります。あなたの目にはとても過酷に映っていたのかもしれません」
「アタシは別に嫌じゃないから。だからアタシをかばわなくてもいい」
それはユリエルが本当のしあわせを知らないからだ。
友達と遊んだり、おしゃれな服を着たり、おいしい料理を食べたり……。
そういったありふれたしあわせに触れてもらいたい。
「ユリエルを人間界に出してもらえませんか?」
「そうすれば彼女は――」
「しあわせというものを知ってしまう――と言いたいのですか?」
精霊竜は黙りこくった。
それが答えだった。
「……外の世界を知ってしまったら、ユリエルはこの孤独に耐えられなくなるでしょう。彼女へのやさしさが、結果的に彼女を苦しめてしまうのです。わかってください」
「そんなのぜったい間違ってる!」
俺はユリエルのほうを向いて問いかける。
「ユリエル。友達は欲しいか?」
ユリエルは目をまんまるに見開いてぽかんとしている。
「王都でおいしいケーキを食べたくないか?」
「……アタシは」
ユリエルは迷っている。
そして精霊竜を見上げてこう問いかけた。
「精霊竜さま。アタシはしあわせになっていいのでしょうか」
精霊竜は沈黙する。
しばしの時間をおいてから、彼女はこう答えた。
「……はい。あなたにはしあわせになる権利があります」
それでユリエルの顔がぱあっと明るくなった。
「ア、アタシ、こいつといっしょに人間の世界に行ってみたいです! よくわからないですけど、他の人間と友達になってみたいですし、おいしいものも食べてみたいです」




