74-2
「ついてこい。音を立てるなよ」
ユリエルの後に続き、慎重に歩きながらカメ型ブラックマターの背後にまわる。
しかし、ブラックマターの背後には弱点らしきもは見当たらない。
短いしっぽが出ているだけで、あとは甲羅に覆われている。
「ユリエル。こいつの弱点は……」
「甲羅ごと叩き割る。てやー!」
ユリエルは大剣を振りかぶってカメ型ブラックマターに突撃した。
金属のかたまりである大剣を甲羅に叩きつける。
しかし、カメ型ブラックマターの甲羅は彼女が思っていた以上に強固で、剣は弾かれてしまった。
カメ型ブラックマターが振り返る。
背中の砲台がユリエルに向く。
「障壁よ!」
俺は慌てて防護の魔法を唱えた。
砲撃されたのは、ユリエルの前に魔法障壁が現れたすぐあとだった。
魔法障壁は砲撃を受け止めてその役目を果たした。
危なかった。
あと少しでも遅れていたら砲撃はユリエルに直撃していた。
「てーい!」
すかさずユリエルはカメ型ブラックマターの頭部の側面に回り込み、大剣で首を叩き斬った。
切り落とされるカメ型ブラックマターの頭部。
獣型のときと同様、すぐさま新たな頭部が生えてくる。
今度は俺が精霊竜からもらった剣で頭部を斬り落とす。
ブラックマターは黒い霧となって消滅した。
倒したからよかったものの、ユリエルの戦い方は無謀が過ぎる。
さっきの戦いもだが、俺の援護がなかったら命が危うかった。
こんな体たらくで今まで一人で戦ってきたというのか……。
「ユリエルは一人のときどうやって戦ってたんだ?」
「再生能力を失うまで斬る。それだけだ。まあ、再生能力を持つ個体はほとんどいないがな」
なるほど。
「『稀代の魔術師』の後継者。お前、なかなか気が利くな」
「それはどうも」
「あと一体、ブラックマター狩りに付き合ってもらうぞ。それが終わったら精霊竜さまにお願いしてお前をもとの世界に返してやる」
「頼む」
「お前はいいよな。待ってくれている人がいて」
「えっ」
「な、なんでもない!」
次の訪れたのは、崖っぷちにある、廃墟と化した砦だった。
「ユリエル。一人がさみしいのなら、俺たちの世界に来ないか?」
「……」
つっけんどんな態度を取られると思いきや、ユリエルは迷いを表すかのような沈黙を続けた。
しばしの沈黙のあと、彼女は首を横に振った。
「アタシには罰がある」
「その罰は本当にユリエルが負うべき――」
「お前の言いたいことはわかる」
ユリエルが俺の言葉の上からかぶせてそう言う。
「お前にとっては理不尽な罰かと思うだろうが。それは正しい罰なんだ」
なにを根拠に自分の罰を正しいと言っているのか理解できない。
ひとつわかるのは、ユリエルは『あきらめて』いる。
己の罰が当然であると。
「精霊竜さまもそう言っている」
あのやさしそうな精霊竜が、彼女に終わりなき罰を与えているなんて到底信じがたかった。




