73-5
コツコツコツ……。
二人分の足音が広間に反響する。
図書館らしきこの場所は、数え切れないほどの書物が書架に保管されている。
王国が誇る王立図書館すら敵わない規模だ。
しかし、内装はさみしいくらいに質素で、ただただ本をしまってあるだけの空間になっている。
ツノの少女ユリエルは無言で歩く。
俺は彼女のうしろをついていく。
「ここはどこなんだ?」
もう一度、同じ質問をする。
「お前、図書館を知らないのか?」
「知ってる。どこの図書館なんだ。精霊竜は――」
「精霊竜『さま』と呼べッ!」
「いたっ」
振り向いたユリエルにスネを思い切り蹴られた。
「精霊竜『さま』は異世界って言っていたが……」
「ここは精霊界。お前たち人間が暮らす世界とは隔絶された世界だ」
精霊界。
そういえばセヴリーヌもそう言ってたな。
しかし、その精霊というのがなんなのかわからないから、精霊界と言われてもその意味を理解できない。
とはいえ、しつこく質問したらまた蹴られそうだ。
俺は疑問を解消するのをあきらめ、おとなしくユリエルの後に続くことにした。
等間隔に書架が並ぶ広間を歩く。
広い。
異様なほどに。
歩いても歩いても終わりが見えない。
ひたすら書架が並んでいる。
世界中の本を集めたかのような本の数だ。
図書館には俺とユリエル以外に誰もいないようだ。
けっこう長い時間歩いているが、誰ともすれ違わない。
「誰とも会わないな」
「あたりまえだ。ここにはアタシしかいないからな」
ぶっきらぼうにユリエルは言った。
ここにはユリエルしかいない……。
「図書館の外には――」
「誰もいない。精霊界にいるのはアタシと精霊竜さまだけだ」
精霊界がどれほどの広さなのかわからないが、そんなさみしい世界なのか。
とすると、人間はユリエル一人となる。
頭にツノが生えているから、もしかすると人間とは異なる種族なのかもしれないが。
「よかったら話し相手になろうか?」
「いらん」
つっけんどんな返事をされてしまった。
ユリエル……。気難しい少女だ。
永遠に続くかと思われた広間にようやく終わりが見えた。
俺とユリエルは大きな扉の前にたどり着いた。
ユリエルが扉に手を添える。
そしてそっと手を押すと、扉は軋む音を立てながら開いていく。
扉の隙間から陽光が差し込む。
扉が完全に開くと、まぶしい太陽の光が降り注いだ。
「ここが精霊界……」
澄み渡る青空。
緑の草原。
なだらかな丘陵。
すがすがしい景色が目の前に広がっている。
ふっと視界が暗くなる。
影が落ちた。
真上を見ると、巨大な竜が翼を広げて空を舞っていた。




