8-1
そして翌朝。
アークトゥルス地方へ行くため、あらためて森に踏み入った。
うっそうと茂る木々。
頭上から聞こえる小鳥たちのさえずり。
周囲に点々と落ちている小さな木漏れ日が、薄暗い森にわずかな光をもたらしている。
まるで別世界に入り込んだみたいだ。
落ち葉の積もった湿った土を踏みしめながら歩く。
森は深い。
とはいえ、ここはアークトゥルス地方と他の土地を結ぶ場所。道はしっかりと整備されている。馬車の車輪のわだちが、人々がこの森を通っているのを証明していてた。
いったん迷えば永遠にさまようことになるだろうが、道さえ外れなければその心配もない。
だからこそ、昼間のうちに森を抜けたいのだ。
「あっ、アッシュさまっ」
プリシラが木の上を指さす。
小鳥が枝の上でかわいらしい歌を奏でていた。
「青い鳥ですよっ。青い鳥は幸運を運んでくれるんです」
「幸先がいいな」
しばらく歩いていたらまたプリシラが足を止め、今度は小声で俺に声をかけてきた。
「あそこ……。リスさんがいます」
道の真ん中でリスがドングリをかじっている。
さわってみたいのか、そーっと近づこうとしたプリシラであったが、少し近づいた辺りで彼女の気配を察したリスはドングリのをその場に捨てて茂みの中に逃げていってしまった。
プリシラは「残念です」とがっくり肩を落とした。
「ビスケットのかけらを置いたらまた来ますかね?」
「それもいいけどプリシラ。昼間のうちに森を抜けたいから……」
「……はっ」
はしゃいでいた彼女は俺の言葉で冷静になる。
それから慌てて「すみませんっ」と言った。
「森を歩くのが楽しいんだな、プリシラは。気持ちはわかる。別世界を歩いているみたいだよな」
「はううう……」
それにしても、スセリが静かだ。
彼女は今、実体化を解いて魔書『オーレオール』の中に入っている。
もしかすると、まだ寝ているのかもしれないな……。
そのときだった。
がっくり肩を落としていたプリシラが耳をぴんと立てて顔を上げたのは。
「足音……」
「えっ?」
道の先を指さすプリシラ。
「向こうから足音が聞こえてきます」
「商人や旅人かもな」
「でもこの足音……走ってます」
やがてその足音の主の姿が見えてきた。
俺たちのほうに向かって走ってきている。
そしてその姿は……少女だった。
さらに近づいてくると、その少女は必死な表情をしているのがわかった。
幾度も後ろを振り返っている。
少女が足をつまずかせて転倒する。
俺とプリシラはその少女のもとへ駆け寄った。
「だいじょうぶか」
少女を抱き起す。
その少女は宝石のように美しく輝く紫色の髪を肩にかからないあたりまで伸ばしていた。
服装も一見して高価な服だとわかる。
貴族の娘といった風貌だ。
少なくとも、旅人や冒険者ではない。
そんな少女が護衛もつけず一人でどうして?
「ま……魔物に追われて……!」
息を切らす少女はなんとかそう俺たちに言った。
「アッシュさま! 魔物です!」
紫の髪の少女を追ってきた魔物が俺たちの前に現れた。
鹿の姿に似た魔物。
鹿と違うのは、ツノがおそらく金属でできているところ。
そして鋭い牙を生やした口は肉食動物のようなどう猛さをうかがわせた。




