73-3
「わたくしは納得いきませんことよ。アッシュ、もう一度勝負なさい」
負けず嫌いのマリアがぐいっと顔を近づけてきた。
そういうわけで次はマリアとの戦いになった。
……。
戦いが始まってしばらく経ち、決着はついた。
結論から言えば、勝者は俺だった。
マリアはくやさしさを隠そうともせず、わなわなと震えている。
「わたくしが負けるなんてありませんわ!」
今にもテーブルをひっくり返しそうな勢いだ。
これも貴族のたしなみなのだろう。マリアはシャトラの定石を心得ていた。
素人相手なら100回戦っても負けないだろう。
しかし、俺が相手ではそうはいかなかった。
自慢じゃないが俺はシャトラが得意である。
なぜかというと、シャトラの勝負は、俺を「召喚術もまとも使えない出来損ない」とバカにしてくる兄たちをくやしがらせる絶好の機会だったからだ。
マリアは強い。
だが、彼女の戦術はお行儀の良い、定石通りの、愚直なまでの真っ向勝負。
俺の奇策で翻弄すると、彼女の軍はあっさりと瓦解したのであった。
「アッシュさま、さすがですっ」
「おぬし、性格に似合わずズルい手を使うのじゃな」
これにはスセリも意外そうな表情をしていた。
スセリの言うとおり、奇策に奇策を重ねて相手を騙すのが俺の戦術。
油断した格上相手に不意の一撃をついて、万が一にも勝てる可能性がある。だから俺は好んでこの戦術を用いているのだ。
「も、もう一度勝負ですわ!」
「いや、もう寝る時間だ」
みんなの視線が壁の時計に注がれる。
とっくにベッドに入らなければならない時間だ。
スセリが大きなあくびをする。
プリシラも半分まぶたの落ちた目をこすっている。
それを見てマリアはしぶしぶ引き下がった。
「しかたありませんわね……。今夜は逃がしてさしげますわ」
「おやすみなさい、アッシュさま。マリアさま。スセリさま」
「アッシュ。今夜は添い寝はしてやらんのじゃ」
「まるで毎晩しているかのような言いかたはやめろ……」
各々、自分の部屋に入る。
俺も自室に入って眠りにつこうとした。
……そのときだった。
視界に端に映った、壁にかけてあった鏡に違和感を感じて振り向く。
「なっ!?」
俺は思わず声を出してしまった。
鏡に映る俺の背後に人が立っていた。
ツノを生やした少女。
とっさに振り返る。
背後には誰もいない。
しかし、鏡には確かにツノの少女が映っている。
精霊竜と共に夢に出てきたツノの少女だ。
ツノの少女はいつもの怒りの形相で俺をにらんでいる。
ツノの少女が俺の背中を押す。
すると俺は誰もいないにもかかわらず前のめりに転び、鏡に頭をぶつけた。
その瞬間、鏡が強い光を発する。
強い光は視界を一瞬にして白一色に染める。