1-5
「奴隷の身から救ってやった恩を忘れ、私の元から去るというのか」
「ご主人さまのご恩は忘れてはいません。でも、でもでもでも、私はアッシュさまといっしょにいたいのです!」
訪れる静寂。
勢いにまかせて言いたいことを言いきって呼吸を荒くしているプリシラ。
父上は微動だにせず沈黙を保っている。
時計の振り子の音だけが規則的に聞こえる。
何度目のかの振り子の音がした後、父上は静かに言った。
「ならば出来損ないと共に去るがいい」
そうして俺とプリシラはランフォード家から追放された。
旅立ちの朝。
屋敷の門の外に出た俺とプリシラ。
見送る者は誰一人としていない。
「本当にいいのかプリシラ。行くあてなんてない旅になるんだぞ」
「わたしはアッシュさまといっしょにいられればそれでじゅうぶんですっ」
プリシラのその言葉に俺は元気づけられた。
彼女といっしょにいれば、少なくとも旅路でさみしい思いはしない。
俺はうれしかった。自分を慕ってくれる人がいて。
プリシラもどこかうれしそうだった。
追放されたというのに、まるでピクニックに行くかのような雰囲気だった。
「さあ、行きましょう。まずは近くの街を訪れてみましょうか」
と言ってからプリシラははっとなって「すみませんっ」とぶんぶん首を横に振る。
「メイドのくせに、でしゃばったことを口にしてしまいました!」
「いいよ。むしろ心強い。頼りにしているからな、プリシラ」
「て、てへへ……。アッシュさまに頼られちゃいました」
俺はプリシラの頭をなでた。
プリシラは心地よさそうに目を細めた。
屋敷を後にした俺とプリシラは屋敷を囲む深い森を歩いていた。
枝葉の隙間から点々と落ちている木漏れ日。
小鳥のさえずりを聞きながら歩を進める。
この森を抜ければ街へ着く。
そこで仕事をさがそう。
「アッシュさま。そろそろ休憩にしませんか? わたし、サンドイッチをつくってきたんですっ」
プリシラが提案してくる。
結構歩いて疲れたから、休憩するにはちょうどいい頃合いだな。
「じゃあ、その切り株に座って――」
「ちょっと待ってください!」
プリシラが俺の言葉を遮った。
「近くになにかいます!」
頭のてっぺんから生える獣の耳をぴくぴくと動かすプリシラ。
「獣の足音が聞こえます……。近づいてきます!」
そのときだった。くさむらから三匹の獣が飛び出してきたのは。
……その獣はオオカミだった。
額に白い紋様がある。召喚獣の印だ。
おそらくは、兄上たちが召喚したオオカミだ。
……なるほど。そういうことか。
――出来損ないがいては家の名が汚れるのだ。
父上の言葉を思い出す。
父上は俺を生かすつもりなんて最初からなかったのだ。
ここで人知れず死ぬのを望んでいたのだ。
「プリシラ。逃げるんだ」
半獣の彼女の脚ならオオカミたちから逃げきれるはず。
「い、いいえ。わたし、アッシュさまのために戦いますっ」
プリシラはフライパンを武器にして、オオカミたちに立ち向かおうとしていた。