71-6
「ベオウルフ。事情を話してくれ。事情がなんであろうと俺はお前の味方になると約束する」
「い、いえ……。そうではなくて……。とにかく通してください……」
目じりに涙を浮かべるベオウルフ。
今にも号泣しそうだ。
それでも俺は彼女の前から退こうとはしなかった。
「プリシラ、助けて……」
「ベオ……。ごめんね。わたしはアッシュさまのメイドだから」
「そんな……」
うつむくベオウルフ。
そして顔を上げたとき、彼女の表情は一変していた。
強い覚悟と決意が現れた顔。
それを見た瞬間、俺は危機をさとった。
あれは追いつめられた者がする顔だ。
ベオウルフが姿勢を低くしてつっこんでくる。
目にもとまらぬ疾走。
まずい。
防御の姿勢を取る反射よりも、ベオウルフの行動のほうが圧倒的に速い。
防御が間に合わない。
……ところが、ベオウルフは俺の脇を抜け、廊下を走っていった。
そして曲がり角を曲がって消えた。
「あの先はたしか……」
「えっと、お手洗いですね」
しばらく待つと、お手洗いからベオウルフが出てきた。
さっきの鬼気迫った表情はどこへやら。心底ほっとした顔をしている。
「……アッシュお兄さん」
ベオウルフが恨めしげな目で俺をにらむ。
「ひどいですよ。間に合わないかと思いました」
「す、すまない……」
「ボク、あんまり根に持たない性格ですけど、さっきのことは一生おぼえているつもりですから」
でも、よかった。ベオウルフがロッシュローブ教団ではなくて。
「どうして笑っているんですか? ……まさか、アッシュお兄さん、女の子ががまんしているのを見て興奮する人だったんですか?」
ベオウルフの疑いは晴れたものの、今度は俺が誤解される側になってしまった。
それからしばらく闘技場内部を見て回ったが、別段怪しい人物はみつからなかった。
まだ動くべきときではないのか。
ロッシュローブ教団が動くのはいつか――考える。
王さまが舞台に上がる表彰式だろうか。
暗殺を実行するには絶好の機会だ。
「でしたら、わたしたちが勝ち残る必要がありますね、アッシュさま」
プリシラの言うとおりだ。
ロッシュローブ教団は表彰を受けるため――王さまに近づく機会を得るために優勝を狙うはず。
俺たちが勝ち進めば、自然とそれを阻止できる。
「勝ち残っていった人たちを注意深く監視しよう」
「承知しましたっ」
大会が進行し、勝ち残った者たちが徐々に絞られていった。
プリシラは俺に負け、マリアも惜しくも途中で敗退した。
決勝が近づく中、勝ち残った身内は俺とスセリとエレオノーラさん、ベオウルフの四人。