70-4
「悪いがベオウルフ。俺とお前とじゃ話にならないと思うぞ」
「アッシュお兄さん、そんなに強いんですか」
「いや、逆だっ」
まともな剣術を習っていない俺なんかが相手をしたら、ヘタしたら大けがを負いかねない。
「よいのではないか? アッシュよ、戦ってやるのじゃ」
「一度だけで構いませんから」
「……わかった」
一度だけならいいだろう。
俺はベオウルフの戦いに応じることにした。
庭に出て、お互い防具をつける。
王都剣術大会では頭部や腕や足、胴体に木の防具をつける。
この部分を木剣で叩けば勝利となる。
少し距離を置いて対峙する俺とベオウルフ。
ベオウルフは無表情。
しかし、そこからは強烈な威圧感が押し寄せてきていた。
今のベオウルフは戦うための人形と化している。
この子にこんなかわいそうな表情をさせたくない。
ケーキを食べたときのきらきらとしたかわいい表情をさせてあげたい。
俺は自分の立場を忘れてそう思っていた。
「はじめ!」
審判役のスセリが戦いの合図を出した。
刹那、ベオウルフが姿勢を低くして疾風のごとく突撃してくる。
瞬時にして間合いに入って剣を振るう。
俺はそれを――防御した。
カンッ。
木剣と木剣が打ち合う乾いた音がする。
小手先ではどうにもならない腕力や体格差を理解していたベオウルフはつばぜり合いを避け、即座に飛び退いて距離をとった。
ベオウルフの初撃をいなせた。
まぐれか。
俺自身、驚いている。
ベオウルフが再び接近してくる。
次の攻撃も俺は木剣で防御した。
「アッシュさま、がんばってくださいっ」
「ベオウルフもすごいですけれど、それと互角なアッシュもやりますわね」
プリシラとマリアが俺を応援してくれている。
ベオウルフは完全に感情を殺している。
俺はそのうつろな表情を見て、彼を救ってあげたいという思いがわいてきた。
今度は俺の番だ。
俺は防御から攻撃に転じる。
ベオウルフに接近し、右腕の防具を狙って剣を振った。
当然、回避される。
逃がさない。
俺はさらに詰め寄って剣を振る。
回避できないとさとったらしいベオウルフは剣で防御する。
俺は渾身の力を振り絞って彼の剣を叩いた。
カンッ!
ベオウルフの手から木剣がすっぽ抜けた。
くるくると回転しながら宙を舞う木剣。
そして地面に落下した瞬間、呪縛が解けたかのようにベオウルフに表情が戻った。
「そこまで! 勝者アッシュ!」
審判役のスセリがそう告げた。
「やりましたわね、アッシュ!」
「ベオもがんばったね」
俺のもとにマリアが、ベオウルフのもとにプリシラが駆け寄る。