70-1
ベオウルフはカバンから問題集を出し、目印をつけていたページを開く。
そして問題文を指さす。
「この問題がわからないんです。解答例を読んでも理解できなくて」
なるほど。たしかにこの問題は難しい。適正年齢の学生ですら苦戦しそうな問題だから、11歳の彼が解けないのも当然だ。
正直、俺も上手に教えられるか不安だ。
「えっと、この問題はだな。まず――」
実際にノートに数式を書きながら説明していく。
ベオウルフは真剣な表情でノートを見つめ、ときおりうなずく。
「――と、こうなるからこの答えになるんだ」
「すごいです、アッシュお兄さん。すごく説明が上手でした」
以前、イチゴのタルトを目にしたときの表情に彼はなっていた。
どうやら理解してくれたらしい。
「アッシュお兄さん、学校の先生になれますよ」
「おおげさだな」
「ぜったいなったほうがいいです。アッシュお兄さん、きっと生徒たちにも好かれると思います」
「そ、そうか」
照れくさくなった俺は彼から目をそらして頬をかいた。
先生か。
そういう道もあるのかもしれない。
「アッシュお兄さんは将来なにに――って、もう冒険者になってるんでしたね」
「いや、冒険者をなりわいにするほど覚悟は決まってない」
「というと、他に叶えたい夢があるんですか?」
「それは……」
口ごもってしまう。
俺は将来、なにになりたいのだろう。
ランフォード家を出て旅をして結構な月日が経ったが、未だ自分の将来――目指す目的地が決まっていない。
「アッシュさまは王さまから広い領地をいただいて、そこのおっきなお屋敷に住むんですよねっ」
紅茶とお菓子を持ってきたプリシラがそう言った。
「アッシュさま立派なお方ですから、領民の人たちもきっと慕われると思いますっ」
プリシラはまるで自分のことかのように楽しそうに話している。
「そしてわたしはアッシュさまの――」
「お嫁さんになるの?」
「そ、それは! それはあるかもしれませんっ。てへへっ」
くすぐったくなるほどの照れ笑いをプリシラは浮かべていた。
「そうか。アッシュお兄さんはプリシラと結婚するんだ」
小声でそうひとりごつベオウルフ。
あくまで独り言だったようなので、俺は肯定も否定もせず聞かなかったふりをした。
「貴族の人って、何人も奥さんを持てるんですよね」
「えっ。ああ。そうだな」
「そうですか……」
ベオウルフはうつむいて考え込む。
今の質問はどういう意図だったのだろう。
「おっと、それよりも、次の問題を教えてもらいたいのですが」
「その前に、冷める前に紅茶を飲まないか? お菓子もおいしいぞ」
「あ、はい。いただきます」