69-5
「まあ、いいや。ほい、これ」
「え?」
エレオノーラさんはベオウルフに木剣を渡す。
とまどいながらそれを受け取るベオウルフ。
「あの、これは……?」
「剣を手にしてやることといえばひとつっしょ」
まさかエレオノーラさん、ベオウルフと戦う気なのか。
「あんた、今年の王都剣術大会に出場するんでしょ?」
「師匠に出るよう言われてますので、はい」
「ならその前に格付け完了しておきましょ――ってわけ。今度は負けないわよ」
エレオノーラさんがウィンクした。
無謀だ。
エレオノーラさんは確かに強い。強いが、ベオウルフのほうが圧倒的に強い。それは前回の大会で敗北した本人であるエレオノーラさんも理解しているはず。なのにやたら自信にあふれている。
しばしの沈黙の後、ベオウルフはこう答えた。
「あの、できればお断りしたいのですが」
「えっ!? なんでよ!」
「無用な戦いはしたくないので」
渡された木剣をエレオノーラさんに返す。
「ほ、本当に申し訳ありません。でもボク、実のところ戦いはあまり好きじゃないんです。剣を握ってい闘っているときの自分は、なんだか自分じゃないような気がして」
納得いかない面持ちをしながらも、エレオノーラさんは剣を受け取った。
「ボク、本を読むほうが好きです」
「しょうがないなぁ……」
「プリシラ。約束どおり、本の交換をしよう」
「うんっ」
「ねえ、アッシュちゃん」
エレオノーラさんが耳打ちしてくる。
「この子、ベオウルフのそっくりさんじゃない?」
「本人かと……」
内心、俺はほっとしていた。ベオウルフが戦いを好む性格ではないことに。
この年頃で戦いの興奮に酔ってしまうなんて悲しすぎるではないか。
それからベオウルフとエレオノーラさんを俺たちの家『シア荘』に招き、持ち寄った本を交換した。
「プリシラの本、どれも挿絵がたくさん描かれていて楽しそうだね」
「ベオの持ってきた物語も面白そうっ」
「アッシュお兄さんはその本を貸してくれるんですか?」
「いや、これは違うんだ」
ソファに置いていた魔書『オーレオール』にベオウルフは気付いたらしかった。
さすがにこれを他人に渡したらスセリに怒られるだろう。
代わりに俺は数学の問題集を彼に貸した。
宿屋の娘フレデリカの家庭教師を請け負ったとき、自身の勉強のために買ったものだ。
ベオウルフはぱらぱらとページをめくっていく。
さすがに問題集なんてつまらないか。
かと思いきや、彼はとても興味深げにうなずいていた。
「やりごたえありそうな問題が多いですね。ありがとうございます」
「わかるのか?」
「たぶん。はい」
驚いた。11歳でこの問題集を理解できるだなんて、相当頭がいい。高等教育を修めた人に向けた内容だぞ。