69-3
ベオウルフは目をきらきらと輝かせていた。
「こんなにおいしい食べ物がこの世界にはあったんですね」
「おおげさだな」
あっというまにイチゴのタルトをたいらげてしまった。
俺は半分残っていたチョコレートケーキを彼の手前に持っていく。
「手をつけてるけど、よかったらこっちも食べないか?」
「いいんですか?」
「ベオウルフの反応を見てるだけでなんだか楽しいからな」
「は、恥ずかしいです……」
と言いつつも、彼は俺のチョコレートケーキを食べてくれた。
「少し苦くて……、甘いです」
満足そうでなによりだ。
この反応から察するに、ベオウルフは普段の食事は質素なのだろう。
「あんまりこういうのは食べないのか?」
「師匠からもらえるおこづかいは全部本に使っちゃってるので」
なるほど。そういうわけか。
「ベオは本が好きなの?」
「うん。物語を読むのが好きなんだ」
「わたしも何冊か本を持ってるよ。今度、お互いの本を持ち寄って交換しよっ」
「あ、それいいね。そうしよう」
それからしばらくおしゃべりをした後、俺たちはカフェを出た。
「今日はありがとうございます、アッシュさん。貴重な経験をさせてもらいました」
おじぎをするベオウルフ。
「よかったらまたおごるよ」
「そんな――いえ、ありがとうございます」
彼は控えめに笑みを浮かべた。
「ベオ、次はいつ会えるの?」
「明日、かな。師匠もたぶん、許可してくれると思う」
「約束だよ、ベオ。明日遊ぼうねっ」
「うん。ボクのお気に入りの本を持ってくるよ」
別れぎわ、俺たちは約束の時刻と場所を決めた。
「ばいばーいっ」
「また明日」
プリシラとベオウルフは手を振り合って別れた。
ベオウルフの姿が雑踏にまぎれ、すぐに見えなくなった。
「よかったな、プリシラ。友達ができて」
「はいっ」
「俺に対してもベオウルフみたいなしゃべりかたでいいんだぞ」
「いえ、そういうわけにはまいりません」
かたくななプリシラ。
それがメイドとしての誇りだと言わんばかりに。
「それにしてもベオウルフ、いい子だったな」
「はい。本当に王都剣術大会の優勝者なのでしょうか」
だが、俺は目の当たりにしている。ベオウルフが魔物をたやすく倒したのを。
あのとき見たベオウルフは心無き人形のような冷たい印象だった。
ケーキに目を輝かせていた彼とあのときの彼、どちらが本当の彼なのだろう。
「やっほー、アッシュちゃんにプリシラちゃん」
そんなことを考えていたときだった。俺たちの前に一人の女性が現れたのは。
燃えるような赤い髪――騎士のエレオノーラさんだった。
「二人でなにしてんの? デート?」
「えっ! そう見えますか……?」
赤らめる頬に手を添えるプリシラ。
エレオノーラさんの軽口をまに受けている。
「アッシュちゃんもいいご身分だねー。毎日とっかえひっかえ女の子とデートしてるなんてさー」
と肘でわきをつつかれた。