7-5
プリシラを見つけることができて、彼女も元気になったし、これにて一件落着。
……と締めくくるにはまだ早かった。
どこだ、ここは。
途中までは帰り道を意識しつつ歩いていたが、プリシラの悲鳴を聞いて駆けつけて魔物と戦闘になったことにより、完全に帰り道がわからなくなってしまっていた。
真夜中の森は暗い。
暗いというより、ほとんど真っ暗闇。
日差しを少しでも浴びようと枝葉を伸ばす木々が天を覆っているせいで、月明りや星明りが遮断されているのだ。
照明魔法で生み出した頭上の光球が唯一の光源。
このささやかな明かりも、ほんの数歩先しか照らしてくれない。
転移魔法を使うしかないのか……。
いったん死んで、転移先で生き返らせる――という極めておっかない理論の魔法だから使いたくはなかったのだが……。
「スセリ。転移魔法って必ず成功するのか?」
――万能の『オーレオール』とて失敗はあり得る。魔法に関してまったくの素人のおぬしが使い手ではなおさらな。転移魔法で帰るつもりなら腹をくくったほうがよいのじゃ。目的地が遠ければ遠いほど魔法も難しくなるからの。
スセリの言葉は俺を余計に不安にさせた。
そんなときだった。プリシラが「あれ?」と俺の顔を覗き込んで首をかしげたのは。
「アッシュさま。もしかして、帰り道がわからないんですか?」
「ああ。正直言うとまったくわからん。完全に迷子だ」
「なら、わたしがご案内いたします」
プリシラは何気ない口調でそう言って俺を驚かせた。
「わかるのか!?」
「はい。においで」
におい。
それで合点がいった。
プリシラは獣の血が半分流れる半獣。
人間よりも聴覚や嗅覚が優れているのだ。
「もしかして、この暗闇でも結構周りが見えたりするのか?」
「そうですね。アッシュさまの頭に浮いている光がちょっとまぶしいです」
なるほど。夜目か。
無事に帰ることができるとわかって俺は安堵の息をついた。
「頼りにしてるぞ、プリシラ」
「わ、わたしがアッシュさまに頼りに……。おまかせくださいっ」
プリシラは胸をぽん、と叩いて意気込みを表した。
プリシラが前を歩いて道案内し、俺が後ろについていって暗闇の森を歩く。
右を曲がったり左を曲がったり、かなり複雑に森の中を歩いている。プリシラの後をついて歩いているだけの俺からすれば、本当にこれで森の出口に向かっているのかさっぱりわからない。
「においでこんな複雑な道がわかるのか?」
「今は足跡を辿っているんです」
足跡!
そうか。地面にできた足跡を辿れば戻れるのか。
だが、普通の人間の俺には、この暗闇では地面を凝視してもなにもわからない。夜目の利くプリシラだからこそ足跡を辿れるのだ。
「足跡なんて思いつかなかった。プリシラはさすがだな」
「てへへ……。そ、そんなことありませんよ」
プリシラはくすぐったそうな照れ笑いを見せる。
俺に頼りにされているのがそうとううれしいらしい。プリシラは得意げな顔で、軽やかな足取りで、先へ先へと進んでいった。
……かと思いきや、がっくりと肩を落として表情を曇らせる。
「も、もとはといえば、わたしが原因でしたね……。森の中に入ってしまったのは」
「無事に帰れるのならそれでいいさ」
「お優しいですね。アッシュさまは」
「プリシラにだけだぞ」
「えっ!?」
ぴんっ、と頭の獣耳を立てて俺のほうを勢いよく振り返る。
「誰にだって優しくしてるわけじゃない。俺がランフォード家を追放されるとき、いっしょについてきてくれたプリシラだからこそ優しくできるんだ」
「アッシュさま……」




