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それから『シア荘』に帰り、スセリとプリシラにこの話をした。
「なるほどのう。王都剣術大会の前年優勝者と出会ったか」
しかも彼――ベオウルフの剣技を目の当たりにした。
「どうじゃ、勝てそうか?」
俺とマリアは同時に、そして即座に首を横に振った。
ベオウルフの動きはあまりに早すぎて目で追うことができず、風が巻き起こっていることしかわからなかった。
彼と手合わせしたら、まばたきの瞬間に敗北するのは間違いない。
よしんば魔法が使えたとしても勝てるとは思えなかった。
「驚きましたわ。エレオノーラさまから話は聞いていましたけれど、まさか本当にあんな子供が魔物を二体、一瞬で倒してしまうだなんて」
「マリアさま。ベオウルフさまはいい人そうでしたか?」
プリシラに質問され、マリアは「そうですわね……」と天井を見つめて考え込む。
「悪い子ではなさそうでしたわ」
「ほっ。よかったです」
魔物に襲われていた俺とマリアを助けてくれたのだから、悪い人間ではないのだろう。
短いやりとりだが、子供らしい素直さと礼儀正しさもあったような気がする。
ただ、かたくなに感情を表に出さないのだけが気になった。
端末から流れる音声のような、感情を殺した冷たい声だった。
魔物にもちゅうちょなくとどめを刺していた。
戦いに――殺しに慣れている。
年齢は12歳くらいか。そのくらいの年齢で命のやりとりに慣れている生きかたをしていることから、ベオウルフが普遍的な幸福な人生を歩んでいるわけではない、悲しい事情があるのだろうと思った。
残虐性だけは見えなかったのは幸いだったといえるのかもしれない。
「なんとかしてベオウルフに勝つ作戦を立てないといけないのじゃ」
「ちょっ、ちょっと待てスセリ。くどいようだが、俺たちは勝つために参加するわけじゃないんだぞ」
王都剣術大会に参加するのは、あくまで出場者の立場からロッシュローブ教団を見つけだすためだ。大会に勝ち残る必要はない――と、前も言ったはずなのだが。
「なにを言っておる。『稀代の魔術師』の後継者に敗北は許されないのじゃ」
「そうですわね。参加するからには勝ちたいですわね」
「マリアまで……」
「だいじょうぶです。わたしたち、エレオノーラさまと毎日お稽古していますから、ぜったいに優勝できますっ」
と、そこで壁にかけてある時計が重い音を鳴らした。
プリシラがソファーから立ち上がる。
「あっ、お夕飯のお買い物の時間です」
「俺も付き合うよ。荷物持ちをさせてくれ」
「ありがとうございます、アッシュさまっ」
「ワシは今夜はハンバーガーが食べたいのじゃ」
「はんばーがー……? ハンバーグではなく?」
聞きなれない料理の名前に首をかしげるプリシラ。
スセリが端末の画面を俺たちに見せてくる。
そこにはハンバーグと野菜をパンで挟んだ料理が映っていた。