68-5
こちらを凝視しているスティールホーン。
完全に敵意を向けられている。
戦いは避けられないらしい。
マリアと二人がかりなら倒せるだろうか。
そう思っていたら、マリアがいきなり声を上げた。
「アッシュ! 後ろ!」
振り返ると、俺たちをはさみうちにする形でもう一体、スティールホーンがいた。
つがいだったのか。
絶体絶命の危機。
片方に集中して攻撃して突破するか。
あるいは各々一体ずつ相手にするか。
いずれにしても危険を伴う。
考えあぐねていたそのとき、一陣の風が駆け抜けた。
刹那、スティールホーンの一体が首から激しく出血して倒れた。
なにが起こったかわからず、俺とマリアはぽかんと口を開けていた。
スティールホーンは喉を裂かれて絶命していた。
伴侶を殺された怒りで、生き残ったもう一体のスティールホーンが突撃してくる。
再び強風が吹き抜ける。
すると、突撃を仕掛けてきたスティールホーンの細い脚が折れ、砂ぼこりを挙げて倒れた。
倒れたスティールホーンの前に一人の人間がどこからともなく現れる。
おそらく、動きが速すぎて見えなかったのだろう。
その人間は子供だった。
短剣を両手に持った少年だった。
二つの短剣は血にまみれている。
少年はスティールホーンの喉にためらいもなく短剣を突き立て、とどめをさした。
一瞬のできごとだった。
「あなた、わたくしたちを助けてくださいましたの?」
少年が俺たちを見る。
「たまたま通りかかっただけです」
感情のこもっていない、冷たい声でそう答えた。
表情も人形みたいに無表情。
命のやりとりをした後の高揚も、緊張も、そこからはうかがえない。
俺はそんな無感情な彼にぞっとした。
「危ないところだった。助けてくれてありがとう」
「いえ、本当にたまたまただったので」
「すごい剣さばきだな。速すぎて動きが見えなくて、まるで風が刃をまとっているみたいだった」
「それはほめているのですか?」
「ああ」
「そうですか」
「子供とは思えませんわ」
「よく言われます」
無表情で淡々と会話をしていた少年は俺たちに背を向けてかがむ。
短剣についた血をスティールホーンの死体の毛皮で拭っている。
汚れを拭うと、少年は短剣を腰の鞘にしまった。
「それでは、さようなら」
「待ってくれ。キミの名前を聞かせてくれないか」
「ボクの名前ですか?」
「俺はアッシュ。アッシュ・ランフォードだ」
「ボク……。ボクは……」
少年は少し間を置いてから、こう名乗った。
「ベオウルフ」
そう名乗った少年が駆ける。
その瞬間、彼の姿が消え、一拍を置いてから風が巻き起こって落ち葉が舞った。
「アッシュ。ベオウルフって……」
「ああ」
ベオウルフ。
王都剣術大会の前回優勝者と同じ名前。
間違いない。あの少年がそうなのだ。
人物紹介
【ベオウルフ】
王都剣術大会の前回優勝者。
まだ幼少の身でありながら恐るべき剣の腕前を持つ。