68-4
街道から外れた道を進んだ先にある、王都郊外の森。
以前、宿屋の娘フレデリカと魚釣りをしにいった、湖のある森だ。
今日はマリアと二人きりでここに訪れた。
「ジオファーグの森と違って、心が落ち着きますわね」
枝葉の間から差し込む木漏れ日を浴びながらマリアはそう言った。
小鳥たちの歌声。
そよ風を受けて奏でる葉擦れの音。
心地よい温度と湿度。
散歩するにはうってつけの環境だった。
「薬草を見つけましたわ」
マリアが草むらに腰を下ろして草をつむ。
冒険者になりたてのころは図鑑の絵を見ながら探していたが、今はもう、ぱっと見ただけで薬草かどうか判別がつく。
俺たちも成長したな。
つんだ薬草を薬草入れのカバンに入れる。
俺とマリアはおしゃべりを交えて森を散歩しながら薬草をつんでいった。
「マリアは小さいころはおてんばだったよな。こうやって森に出かけたときも、虫取り網で虫を捕まえたり、大きな岩の上によじ登ったりして」
「こ、子供はみんなそういうものですわよ」
顔を赤らめて恥じらうマリア。
「アッシュはおとなしかったですわよね。本ばっかり読んでいたのをおぼえてますわ」
「そのほうが目立たなかったからな」
ランフォード家なら使えて当然の召喚術を使いこなせなかった俺は父や兄たちから疎まれていた。彼らの視界に映ると不愉快な言葉を投げつけられた。
だから俺はなるべく目立たないように、本を読んで過ごすことが多かったのだ。
「でも、今は違いますわ。お父さまとも和解したのでしょう?」
「兄上たちとはまだだけどな」
和解できる日は来るのだろうか……。
俺を見下してあざ笑っていた兄たちと……。
マリアが俺の手をがしっと握る。
「わたくしと結婚したらアッシュはルミエール家の屋敷で暮らすのですから、問題ありませんわっ。わたくし父上は、アッシュが『稀代の魔術師』の後継者になったのを知って態度をがらりと変えていましたもの」
マリアは薬指にはめた指輪を見せてくる。
俺を倒す、彼女の最強の武器だ。
「マ、マリア……。悪いんだが、子供のころの俺は結婚の約束とかそういう意味で指輪を渡したんじゃないんだ……」
「いーえ、結婚の約束ですわ」
マリアは勝ち誇った顔をしていた。
どう説得すればいいものか……。
悩んでいたそのとき、茂みががさがさと音を立て、木立の向こうに大きな影がぬっと現れた。
動物……いや、魔物か!
「マリア!」
「わかりましたわ!」
俺は金属召喚で呼び出した剣を手にする。
マリアも魔法で生み出した光の剣を構える。
大きな影は近づいてきて、その正体を現した。
鋼鉄のツノを生やしたシカの魔物――スティールホーンだ。