7-4
人型をした魔物。
背丈は成人男性より一回り大きい。
その姿は漆黒のローブによって覆われている。
顔はガイコツ。
空洞のガイコツの中に赤い球が一つ、眼のように光っている。
そして手には巨大な鎌。
――森の死神! グリムリーパーじゃ!
森の死神。グリムリーパー。
スセリはその魔物をそう呼んだ。
グリムリーパーは赤く光る眼球で、目の前でしりもちをついて震えるプリシラを見下ろしている。
両手で握る巨大な鎌を振り上げる。
ぎゅっと目を閉じるプリシラ。
「プリシラ!」
その鎌が振り下ろされる寸前、俺はプリシラに飛び掛かり、彼女を抱いて地面を転がり、グリムリーパーの攻撃を回避した。
湿った地面を転がる。
グリムリーパーの鎌は獲物を逃して空を切った。
俺の腕の中には獣耳の小さな少女。
彼女はぽかんとした表情で俺を見つめていた。
「アッシュさま……」
「プリシラ。もうだいじょうぶだ」
プリシラの頭をなでる。
そして彼女をその場に置いて、俺はグリムリーパーの前に立ちはだかる。
グリムリーパーの赤い眼球が俺に向く。
「お前の相手はこの俺だ」
脇に抱えた魔書『オーレオール』から全身に魔力が流れ込んでくる。
「魔力の刃よ!」
俺がそう唱えると、かざした手から半月の刃が飛翔した。
飛翔した半月の刃はグリムリーパーめがけて飛んでいく。
しかし、その瞬間、グリムリーパーは忽然とその場から消え失せた。
――後ろなのじゃ!
背後を振り向く。
俺の真後ろには巨大な鎌を振りかぶるグリムリーパーがいた。
とっさに真後ろに飛び退く。
グリムリーパーの巨大な鎌は俺の鼻先すれすれを切った。
間一髪だった。
「魔力の剣よ!」
右手に現れた魔力の剣を横薙ぎに払う。
グリムリーパーは再び消失し、剣は空ぶる。
また後ろか!
振り返るも、そこには誰もいなかった。
俺は魔力の剣を片手で構えたまま、周囲を見渡す。
神経を研ぎ澄ます。
ふっと、視界の端に黒い物体が出現した。
右か!
俺は振り向きざま、剣を真横に払った。
その一撃は、不意打ちをせんと出現したグリムリーパーを上半身と下半身二つに分けた。
まっぷたつにされたグリムリーパーは、呪詛にも聞こえるおぞましい叫び声を上げながら青白い炎に包まれて燃え尽きた。
――やったのじゃ。
グリムリーパーを撃破した。
緊張の糸が切れた俺は大きく息を吐く。
それから、へたりこんでいるプリシラに手を差し伸べた。
プリシラは短いためらいの後、俺の手を借りて立ち上がった。
彼女はなおも表情を曇らせており、俺から目をそらしている。
「アッシュさま……」
「プリシラ」
俺はやさしく彼女の名を呼ぶ。
そして続けてこう言った。
「アークトゥルス地方には大きな都市があるらしいぞ」
「……はい」
「二人で街を見て回ろうな。きっと楽しいぞ」
プリシラが上目遣いで俺を見る。
その瞬間を逃さず、俺は彼女に笑みを向けた。
彼女の顔が上がり、俺をまっすぐに見つめてくる。
「わたしなんかでいいんですか……?」
「俺はプリシラといっしょにいたいんだ。プリシラがいいんだ」
「せっかくいただいたリボンを台無しにしてしまったんですよ……?」
「ならもう一度、プリシラにプレゼントをしてあげられるな」
プリシラの目に涙がたまってうるんでくる。
今度はきっと、悲しみの涙ではない。
プリシラが目を細めて笑顔になると、大粒の涙が弾けた。
俺が彼女の頭をなでると、くすぐったそうにはにかんだ。
――やれやれ。人間とはまこと、面倒な生き物じゃのう。
スセリがそう締めくくった。




