67-1
彼女たちの意図をしばらく思案した後、ようやく気付いた。
「えっと、この家の名前を決めるんだったよな」
「そうですわ。結局、旅をしている間は決められませんでしたもの」
今の今まですっかり忘れていた。
俺たちでこの家の名前を決めるんだった。
とはいうものの、ぜんぜん考えていない。
「わたくし、『グランシャリオ』という名前を考えてきましたの。ステキでしょう?」
「ちょっと荘厳すぎないか?」
「裕福層向けの宿を連想するのじゃ」
ところがマリアは気に入っているらしく『ドヤッ』とした顔をしている。
「プリシラはどうですの?」
「わっ、わたしですか!」
プリシラが目を見開いて自分を指さす。
それからおずおずとこう言った。
「え、えっと、『みんなのおうち』というのはどうでしょう……?」
かわいい。
かわいい――が、家の名前にするにはちょっと合わない。
マリアの案とプリシラの案。いずれも採用しがたい。
「これは『スセリ荘』で決定のようじゃな」
「自分の名前とか恥ずかしくないのか……」
しかし、このままだと本当に『スセリ荘』になりそうな流れだ。
それを阻止するため、俺は咳ばらいをしてからこう言った。
「『シア荘』」
「えっ?」
「のじゃ?」
プリシラ、マリア、スセリの三人がぽかんとした顔をして俺を見る。
「この家の名前、『シア荘』っていうのはどうだ?」
「おしゃれでステキですっ」
プリシラがまっさきにほめてくれた。
実は俺自身、結構この名前に自信があるのだ。
地味すぎず派手すぎず、そして呼びやすい名前だと自負している。
「ふむ、『シア荘』か。アッシュにしては悪くないのじゃ」
「アッシュ。『シア荘』の由来を聞かせてくださいまし」
シアとは花の名前だ。
小さな花だが力は強く、固い大地にも根を張って花を咲かせる。
花弁は淡い紫色で、愛らしさと上品さを兼ね備えている。
そう俺は説明した。
ふむふむ、と感心したふうにうなずく三人。
「アッシュさま、お花にもくわしいのですね」
「いや、この花の名前を知っているだけさ」
――この花の名前はね、シアの花っていうのよ。
幼少のころ、屋敷のまわりを散歩していたとき、母が教えてくれた。
あのときの俺は9歳だったか。
召喚術が使えなくて父には見限られ、兄たちには見下されていた俺の唯一の味方が母だった。
ただ、その母も父の前では俺への愛情を隠していた。
それが母のランフォード家での生き方だったのだ。
理解していても俺はそれがたまらなくくやしく、悲しかった。
母との思い出はほとんどない。
そんな数少ない思い出の中にあったのがシアの花だった。