66-5
「ありがとう! キミたち!」
酒場で丸いテーブルを囲っていた俺たちの前にジオファーグさんが突如現れた。
最初、なにが起こったのかわらかず、俺たちはスプーンとフォークを動かす手を止めて硬直していた。
プリシラが金属のスプーンを床に落とした音で、止まっていた時間が戻った。
「あの、もしかして……、ジオファーグさんですか?」
「ああ! むろん、私だとも!」
俺たちの知っているジオファーグさんは賢竜ポルックスの甘い誘いに乗った罰として、なりそこないの不死になり、幽霊のように半透明の姿だったはず。
しかし、今、目の前にいるジオファーグさんは普通の人間と変わらぬ姿だ。
「おぬし、死んでおらんかったのか」
これにはさすがのスセリも驚きを隠せていなかった。
ジオファーグさんはすがすがしい笑顔。
「キミたちが持ってきてくれたナイフで心臓を突いた私は意識を失った」
そして、これで半端な魂である自分は消滅するのだろうと覚悟したのだが、目を覚ましてみると、もとの人間の姿に戻っていたのだと彼は説明した。
「驚きましたわ」
「よかったですねっ、ジオファーグさまっ」
どういう理屈でそうなったのかは定かではないが、とりあえず喜ぶべき結果になったのは確かだった。
唯一、スセリだけが納得いかないようすだった。
「巨万の富を得た私は、あらゆるものを手に入れられると錯覚し、邪悪なる竜と取引をして禁忌である不老不死に手を出した。とても愚かだった。これからは心を入れ替えてまっとうに生きるとするよ」
「勝手にすればよかろうなのじゃ」
「ところで、キミたちに相談があるのだが」
ジオファーグさんは苦笑いしながらこう言った。
「先日、キミたちが持って帰った私の財産、半分で構わないから返してもらえないだろうか」
そう言われて、彼が俺たちのもとへやってきた理由に気付いたのだった。
「生ある身体に戻ったのはよいものの、財産がなくては生きていけない」
「それもそうですね」
「キミたちには本当に申し訳ないと思っている。しかし、私の事情も察してくれるとうれしい」
というわけで、俺たちはジオファーグさんに財産を返したのだった。
富豪の財産は半分でも多すぎたので、冒険者の仕事の報酬として相応だと思われる額だけもらった。
用事が済んだジオファーグさんは俺たちの前から去っていった。
「こういうこともあるんですねー」
プリシラが言う。
「まあ、よいのではないか?」
「賢竜ポルックスはこれを意図していたのかしら」
「それはないだろう」
困った人を救えたのならそれでいい。
そう俺たちは納得したのだった。