66-3
老人の姿に化けた賢竜ポルックスは俺たちに背を向ける。
「用件は中で聞こう」
俺たちはポルックスの住む家に案内された。
彼の家は小さかったが、生真面目さを感じるくらい整頓されていた。
大きな書架にみっしりと書物がしまわれている。
彼は魔法の研究をしているというが、セヴリーヌの家にあった魔法道具のたぐいは見当たらない。ごくごく普通に暮らすような部屋だ。おそらく、研究は他の部屋でしているのだろう。
促されるままソファに腰掛ける。
「な、なにか来ました!」
すると、部屋の奥から妙な物体が現れた。
機械人形だ。
上半身は人間。下半身はタイヤと呼ばれる車輪のような部品のついた機械が、湯気の立つカップを載せたトレーを手にして俺たちの前にやってきたのだ。
「ようこそいらっしゃいました」
あぜんとする俺たちをよそに、機械人形は流ちょうにしゃべりながらテーブルにカップを並べていく。
「我がマーレンはかしこいだろう!」
自慢げなポルックス。
マーレンというのはこの機械人形の名前だろうか。
「マーレンは私が造った機械人形なのだ。彼には家事の一切を任せている」
「マーレンと申します。以後、お見知りおきを」
マーレンは礼儀正しくあいさつした。
「どうしたのかね? 飲まないのか?」
俺たちは差し出されたカップに口をつけなかった。
中身は紅茶のようだが……。
「おぬしのような怪しいやからの出す茶など飲めるか」
「私のどこが怪しいというのかね!」
両手を広げて抗議するポルックス。
どうやら変人だという自覚がないらしい。
ポルックスを訪ねた者たちは一人を除いて帰ってこない。帰ってきた一人も、不老の『呪い』を受けて哀れな姿になってしまった。
となると、この飲み物を飲む気には到底なれない。
「やれやれ」
ポルックスは一番近くにあったカップを手に取って中身を飲み干した。
「私がキミたちを取って食おうとでも思っているのかね」
「えっと、はい」
「賢竜ポルックス。あなたを訪ねてきた人間たちをどこへやりましたの? 白状なさい」
マリアが問い詰める。
するとポルックスはわざとらしい大げさな身振りで嘆きながらこう答えた。
「彼らは皆、私の不老不死の研究に協力してくれた。しかし! なんということだろう! どの研究も失敗に終わり、皆、帰らぬものとなってしまった!」
……やはりか。
「一人、できそこないがおるじゃろう」
「ジオファーグくんだね。ああ、彼も半端に『不死』になってしまった。彼には本当に申し訳ないと思っている。あの円から一生出られないと思うと心が痛むよ。せめてもの償いに、彼から譲り受けた財産は不老不死の研究に使わせてもらっているよ」