66-1
翌朝、俺たちはジオファーグの森の深部へと向かった。
賢竜ポルックスのいる森だから『ポルックスの森』とでも言ったほうが適切か。
紫色をした木の生える道を選んで歩いていく。
奥へ進んでいくごとに、徐々に闇が深まっていく。
ついにはわずかな朝陽すら差し込まなくなり、周囲は夜のような暗闇となった。
照明の魔法を唱えて、小さな光球をランタン代わりに伴わせて歩く。
不気味な森だ。
恐怖という感情をもたらす闇が延々と広がっている。
気が付くと、鳥の鳴き声が聞こえなくなっていた。
「こ、これ以上奥に進んでもいいのでしょうか……」
プリシラがおびえている。
マリアも緊張した面持ち。
スセリだけはいつもどおり、のんきなようすだった。
「それにしても、こんなところで竜に会うことになるとはの」
「スセリは知っているのか? 賢竜ポルックスを」
「知識の探求に明け暮れる、その名のとおり賢者の竜なのじゃ」
スセリが言うに、現代で使われている魔法の中にはポルックスが発明したものも少なからずあるという。魔法の知識に関しては賢人フーガに匹敵するらしい。
「わたくしたちがポルックスの魔法を使っているということは、ポルックスは人間に協力的ですの?」
「ポルックスは竜の中でもかなりの風変わりでの、人間を虫けら扱いする他の竜たちと違って人間と積極的に交流していたのじゃ」
ポルックスが人間に親しみを感じている理由。
それは、人間が動物の中でも突出して知性を持っているから。
他の知性を持つ生物と意見を交わらせたいという欲求がポルックスにはあったのだ。
「でも、ポルックスは今、深い森の中に隠遁している」
「どうしてですか?」
「ひとつの物事に没頭すると、自然とそうなるのじゃよ。ワシもそうじゃった」
今は違うが、セヴリーヌも一人ぼっちで暮らしていたな。
知識を極めようとするとどうしても隠者のような生き方になってしまうのだろう。
「安心しました。ポルックスさまはわたしたち人間にやさしい方なんですね」
「忘れておらんか? ジオファーグがあのざまになったのは他でもないポルックスのしわざなのじゃぞ」
「そ、そうでした……」
「ヤツはおそらく、人間を自分の研究の実験台にしておるのじゃろう。おぬしら、くれぐれもヤツの餌食にはならんようにな」
「ポルックスも不老不死の研究をしているのか」
「そのようじゃな」
「竜って千年以上も生きるんだろ? そんなに長生きなら不老不死にこだわる必要はないと思うんだが」
「百年だろうが千年だろうが、いずれ寿命は訪れるのじゃ。命に限りがある者は無限を求めるものなのじゃ」
「スセリのように」
「なのじゃ」