65-6
「……なにもいないが」
「さっきはおったのじゃ!」
スセリはそう言い張る。
俺もプリシラもマリアもぽかんとしていた。
彼女が幽霊に驚くのが意外過ぎたのだ。
「スセリさま、やっぱり幽霊が怖いんですの?」
「幽霊なんていないんじゃなかったのか?」
「うるさいのう。怖くはないのじゃ。じゃが、普通、窓の外に白い物体が横切ったら驚くのじゃ」
「そ、そうですわね……」
俺たちをおどかそうとしているようには見えないから、きっと本当に見たのだろう。見間違いかどうかはともかくとして。
それと、スセリは今「怖くない」と言っていたが、ずっと俺に抱きついている。
「スセリ。そろそろ離れてくれ」
すると彼女は小悪魔っぽくほくそ笑む。
「逆じゃろう。そこは強く抱きしめて『俺がいるから安心だぞ。愛しの妻よ』と言うところなのじゃ」
「妻じゃないからな……」
「『愛しの』は否定しないのじゃな?」
よかった。いつもの調子に戻ったようだ。
「ところで、ジオファーグさまにもお夕食を持っていくべきでしょうか?」
「魂だけになったのですから食べないのではなくて?」
「かもしれませんね……」
今頃になって思い至ったが、この上の階には魂になったジオファーグさんがいるんだな……。
なんだか奇妙な気分だ。
味気のない夕食を終えた後、俺たちはそれぞれの部屋に入って就寝した。
ベッドに横になり、物思いにふける。
今、こうしている間にもダグとミクの兄妹はおなかをすかせている。
ダグ、盗みをしてないといいんだが。
一刻も早く父親を見つけてやらないと。
……それがどういうかたちであれ。
そういえば、その後はどうすればいいのだろう。
兄妹の父親はきっと死んでいるだろうから、遺品を持ち帰ることになる。
それで兄妹との関わりは終わりになるのか?
保護者のいない彼らをほうっておくのか?
トントン。
扉をノックする音が思考を中断させた。
ガチャリ。
返事をする間もなく扉が開く。
「カギをかけておらんとは不用心なのじゃ」
入ってきたのはスセリだった。
枕を抱いている。
部屋に入ってきた彼女は当然の権利であるかのように俺のベッドに横になる。
「よろこぶのじゃ。今夜はワシが添い寝してやるのじゃ」
いつものように俺をからかっているらしい。
……いや、
もしかして、
もしかすると、
スセリ、本当に幽霊が怖いのか……?
ためしに俺はこう返事してみた。
「助かる。実は俺、幽霊が怖くて一人で寝るのが心細かったんだ」
「なんと!」
スセリの顔がぱあっと明るくなる。
「なんじゃ、おぬしも怖かったのか! 実を言うとワシも怖かったのじゃ」
「意外だな。スセリってそういうの平気そうなのに」
「自分でも驚いておるのじゃ。幽霊なぞ信じておらんはずだったのじゃが……。まあ、とにかくそういうわけじゃから――」
微笑みながら手招きするスセリ。
「さあ、来るのじゃ」