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「まあ、落ち着くのじゃ。慌てると転ぶのじゃ」
「スセリさま!? もたもたしていると泥棒に逃げれられますわよ!」
魔書『オーレオール』を奪われたにもかかわらず、なぜかスセリは落ち着いていた。
あれはスセリの命と言っても過言ではないものなのに。
「あの小僧、今ほどの手際の良さからして盗みに慣れておるのじゃ。となると、この町の地理も熟知しておるじゃろうから、ワシらではどうあがいても追いつけまい。日没ならなおさらなのじゃ」
「泥棒を追いかけるのは諦めますの?」
「そんなわけなかろう。まあ、とりえずは――」
「とりあえずは?」
「夕食なのじゃ」
そんな悠長な……。
焦りを募らせる俺たちとは裏腹に、スセリは少しも動じていない。
彼女に促され、夕食をとるため酒場に入る。
酒場は仕事帰りの大人たちでごった返し、賑わっていた。
豪快に酒をあおる、筋肉隆々の肉体労働者。
上機嫌に笑っている化粧の濃い女性。
顔立ちの整った青年がオルガンを鳴らし、陽気な音楽を奏でている。
地元の常連客が主な相手の店らしい。よそから来た、しかも未成年の俺たちは異質な存在で、店に入ってからずっと店員や客たちに注目されていた。
隅の空いている席に腰を下ろす。
飲み物と食事を注文すると、スセリはテーブルに地図を広げた。
駅でもらった、この町の地図だ。
スセリが地図の上に手をかざす。
目を閉じて念じる。
すると、地図の一点に青い光が灯った。
それを見て俺とプリシラとマリアは合点がいって「あっ」と声を出した。
「この光は『オーレオール』の位置ですねっ」
「さよう。以前、ロッシュローブ教団に『偽オーレオール』を渡したときのように、『オーレオール』の位置を魔力で感知して泥棒を追跡しておるのじゃ」
青い光――『オーレオール』を持った泥棒は路地裏をゆっくりと動いている。
泥棒はうまく逃げおおせたと思っているだろうがしかし、俺たちには完全にバレているのだ。
「抜け目がないな。スセリは」
「世界を滅ぼすのもたやすい万能の道具なのじゃぞ。これくらいして当然なのじゃ」
根城にたどり着いたのだろう。青い光は町の外周に位置する場所で止まった。
「店員よ。ここはどのような場所なのじゃ」
飲み物を運んできた若い女性の従業員にスセリが質問する。
「そこは貧乏人が住んでる住宅地ね。古い集合住宅がいくつも並んでいるの。治安がよくないから近づかないほうがいいわよ、お嬢ちゃんたち」
俺から『オーレオール』を盗んだのは貧困層の子供だったのか。
どうにか生きていくために、日常的に盗みを働いているのだろう。
無防備なよそ者の俺は格好の獲物だったわけだ。
「食事を終えたらさっそくここに向かうのじゃ。『オーレオール』を取り返すのじゃ。よいな?」
「ああ」
「かしこまりましたわ」
「承知しましたっ」