62-6
「まもなく発車いたしますので、席にお座りください」
車掌が俺たちにそう言う。
「プリシラ。俺のとなりに座ってくれ」
「は、はい……」
そうして俺の正面にはスセリ、となりにはプリシラ、対角線上にはマリアが座った。
プリシラはしょぼんとうなだれていた。
「俺はプリシラととなりになれてうれしいぞ」
「アッシュさまはおやさしいですね……」
「別に席くらいいいじゃないか」
「よくありませんっ。これはわたしとマリアさまの戦いなのですっ。『アッシュさまのとなりにならいつだって座れる』のを示さなくてはならなかったのですっ」
プリシラがぎゅっとこぶしを握ってそう強く言った。
俺は彼女の気迫に押されながら「そ、そうか……」とうなずいたのだった。
列車が甲高い汽笛を鳴らす。
ガタンッ、と車体が大きく揺れる。
次いで、車窓から見えるプラットホームがゆっくりと後ろに動いていく。
ついに列車が発車した。
俺とプリシラとマリアはどきどきとした面持ちで車窓の景色を眺めていた。
徐々に加速していく景色。
いよいよ最高速度に達すると、驚くべき速さで王都の景色が流れだした。
「はっ、速いです!」
「こんな大きな乗り物がこんなにも速く走るだなんて、驚きですわ」
「おぬしら、田舎者まる出しじゃのう」
先ほど買った弁当のふたを開けるスセリ。
中にはパンと鶏肉、それと野菜が詰められていた。
鶏肉はハーブといっしょに焼いたのだろう。皮がカリカリしていておいしそうだ。添えられたニンジンも甘そうだ。
「いやー、列車に乗りながら食べる弁当はうまいのじゃ」
王都はもはやはるかかなた。
車窓に映るのは広々とした平野と麦畑、点在する民家。
なごやかな風景だ。
「わたしとマリアさまが用意したお弁当も食べてくださいねっ」
プリシラとマリアが作ってきたサンドイッチをほおばる。
やわらかいパンにはさまれたレタスのシャキシャキとした歯ごたえがたまらない。いっしょにはさまれた薄切りのトマトとハムもとてもおいしい。
「アッシュさま、おいしいですか?」
「もちろんだ」
「てへへ……。よかったです」
プリシラがうれしそうにはにかんだ。
いじらしいしぐさに俺もつい微笑んでしまった。
「おっと、乗務員。ワインを一杯頼むのじゃ」
俺たちの席の横を通りかかった乗務員の女性にスセリが注文する。
乗務員の女性はワインの瓶とグラスを乗せたワゴンを押していて、乗客たちにワインを振舞っていた。さすが一等車両だ。
乗務員の女性はスセリのほうを見ると、しばしぽかんとした後、にこりと笑ってこう言った。
「大人をからかっちゃダメよ、お嬢ちゃん」
「のじゃ!?」
あんぐりと口を開けるスセリ。
乗務員の女性はワインの代わりにジュースを注いだグラスをスセリに渡すと、ワゴンを押して別の車両に行ってしまった。
「どこからどう見ても『お嬢ちゃん』ですわよ。スセリさま」
スセリは諦めてグラスを傾け、ジュースを一気に飲み干した。